1122の日
最初は戸惑ったように強張っていた身体も、それが単なるキスだと分かればおとなしくなっていった。
角度を変えて何度か唇を合わせ、開いた口内に舌を潜り込ませる。音を立てながらディープキスを楽しんでいると、コンコンと扉をノックする音が響いた。
すぐに反応したローが離れていく。チッ、とキッドは小さく舌打ちをする。
「なんだ?」
「船長、今、大丈夫でしたか? 寒いから酒を持ってきたんですが……」
扉の向こうにいたのはキッドも知っているペンギンだった。気を利かせたのだろうけど、室内の空気を敏感に感じ取ったのか、そそくさと帰ろうとしている。
「悪いな。……いいのか? 上物じゃねぇか」
「ハイ! 二人で楽しんでください!」
空気が読めていないのはむしろローのほうで、邪魔をする気のないペンギンはそれだけ言うとすぐに引き返していった。そのやりとりを見聞きしていたキッドは、はぁ、とため息をこぼした。
「飲むだろう? ユースタス屋」
キスの続きなどすっかり忘れてしまっているだろうローは、棚からいそいそとグラスを二つ取り出している。機嫌がよさそうな様子に、キッドも立ち上がって近付いていった。
「上物だって?」
「そうさ。ノースブルーでは有名な醸造所の酒なんだ。ペンギンの奴、よく持ってきたな」
恐らくこの船にある酒の中でも上から数えて何番目かのいいものなのだろう。それはローの『客』という位置づけのキッドに対する、ペンギンの配慮でもあるのだ。
「できた部下じゃねぇか」
「部下じゃねぇ、仲間だ。できるのは確かだが」
クルー自慢をするローはすでに酔っているのかと思うくらいご機嫌だった。キュポン、と音を立てて栓が抜かれる。グラスに注がれる色は赤の葡萄酒だ。
酒と一緒に用意されてあった料理も楽しみながら飲んだワインは、上物の名のとおりうまかった。もとからご機嫌だったローは、うまい酒とめぐり合えてさらに上機嫌になっている。
中途半端にいろいろなことが遮られたままだけど、切り出しにくい雰囲気の前ではキッドも沈黙するしかなかった。
「酒はあったまるなぁ……」
「そうだな」
筋トレも必要ないくらい身体はポカポカしている。このままベッドに潜り込んでさらに温まりたいと思うが、それをしたらローの機嫌がどうなるか分からなくて怖かった。
「雪、やまねぇな」
「ああ。冬島の中の冬、なのかもな」
ローはグラスを片手に持ってブラブラさせながら、窓の向こうの空模様をじっと眺めていた。ぼんやりしている様子に、ひょっとしたらかなり酔っているのかもしれないとキッドは思った。
「おい……」
「おれが生まれた場所もさぁ、結構寒くてなぁ。冬はよく雪が降って積もったんだ。……ん? なんか言ったか、ユースタス屋?」
「いや。お前の故郷はそういう場所なのか」
飲みすぎを咎めようとしたキッドはそれをやめて話の続きを促した。ローが自分のことを語るのは非常に珍しいのだ。
「そう。こんな風に雪も風もビュービュー吹いて、冷たくて寒くて……。おれは苦手だったなぁ」
「ふぅん……」
グラスを持った手で窓を指差しながら語るローの故郷を想像してみる。
一面の銀世界。家は雪に埋もれてシルエットだけを残している。そういう真っ白い中に、小さいローが頬を真っ赤にしながら「寒い、冷たい」と文句を言っている姿を思い起こしたら吹き出しそうになった。
「でさ、寒いからおれはよく誰かのベッドの中に潜り込んで一緒に寝たんだよなぁ……」
「あ?」
聞き捨ててはならない台詞に思えて、キッドは流さないでもっと続きを促した。
「誰かにくっついてりゃ、あったけぇじゃん」
「いや、だから誰に、だよ」
「誰って……、誰でもだよ。いちいち覚えてねぇな。酔ってるし」
つまり男女を問わず潜り込んで一夜を明かしたというのか、この男は。酔っているからで済ましていいことなのか、雪国の常識を知らないキッドには悩ましい話だった。
しかしそういう話ならば、ローがどこかズレた感覚の持ち主なのも分かるような気がした。抱き合って眠ることに性的なものをあまり感じないのだろう。
「……お前、まさかクルーにも抱きついたりしてんのか?」
「ん? んー、どうだったかな……。なにせそういうときは酔っているからなぁ。覚えてねぇっつうか、気にしたことねぇっつうか……」
ブツン、と何かが頭の天辺まで突き抜けた。
これがノースブルーの常識だというのなら我慢もできるが、ローの場合は酔った上での行動である。キッドの立場からすると許されるべきことではなかった。
うまいワインを一気に呷って空にし、立ち上がってローのそばまで寄っていく。
「……なに?」
とろん、と酔った目がキッドを不思議そうに見上げている。
「来い。お前に貞操観念を教えてやる」
「は? なに言って……」
キッドはローの腕をとって立たせ、そのままベッドまで引っ張っていった。暖かそうなオレンジ色の上に転がし、その上へさらに覆いかぶさってやる。
訳が分からないといった様子のローも、さすがに何かがおかしいことには気付いたようだ。