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大人になる薬

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「イギリスー!」
 アメリカの家にやって来た俺は、可愛らしい声に出迎えられた。
 ああもう、ホント可愛いなあ。おもわず、ほほの筋肉が緩む。
 しかし、いつもならパタパタと駆け寄って来て、ぎゅーっと抱きついてくるアメリカの様子が、何やらおかしい。ふらふらとおぼつかない足取りで歩いている。
「あっ!」
「おっと」
 アメリカが何もない所でつまずき、転びそうになるのを、あわてて中腰になり、抱き止めた。
「大丈夫か?」
 心配気に顔を覗き込めば、アメリカはニコニコと楽しそうに笑っていた。その顔はほんのり赤い。
「イギリスう、俺もうすぐ大人になるんだぞお」
「はあ?」
「『大人になる薬』を飲んだんだ……」
 そう言うと、アメリカはとろんとした瞳で俺を見つめていた。
 ……確実に様子がおかしい。なんだ? 俺のアメリカにいったい何がおきているんだ?
「あ、アメリカ? 『大人になる薬』ってなんのことだ?」
 よくわからないが、なにか、変なものでも飲んだんだろうか?
「早く大人になりたいって言ったら、フランスがねぇ、くれたんだ」
 ……変なものを飲んだ、確定。
 あんのやろう、また、アメリカにちょっかいだしやがったな!
「……今、フランスが来てるのか?」
「うん、リビングにいるよお」
 ふふふふ、と笑いながらアメリカが答える。
 ……可愛いなあ。って、いかん、いかん。確かに全力で頭を撫でくりまわしたいほど、ものすごく可愛いが、今はフランスを締め上げて、アメリカに何を飲ませたか吐かせないと。
「アメリカ、俺はフランスに挨拶してくるよ。おとなしく、ここで遊んでな?」
 アメリカの頭をぐりぐりと撫でてそう言うと、
「はあーい……」
 聞き分けは良いが、少し、寂しげな声が返ってきた。そのサファイアのような大きな瞳に影を落として、まるで「イギリス、行っちゃあやだよ、一人にしないで」と言っているみたいだ。ああもう、可愛いなあ……勝手に下がろうとする目尻をなんとか押し留める。
「すぐ戻って来るよ」
 フランスをボコったらな。




 バンッ!

「くうおおらああっっ! このくそワイン!」
 勢いよく、リビングのドアを開けて怒鳴り込む。
 ……アメリカのいる所とは結構離れているから、聞こえないよな?
「なーに? 坊っちゃん。そんなに怖い顔して」
 フランスはリビング中央のソファーに陣取って、キザったらしくワイングラスを傾けていた。
「イギリスも飲むか?」
「飲まねえよ!」
 ニヤニヤとムカつく笑いを浮かべているフランスに、ずかずかと近づきその胸ぐらを締め上げた。
「ちょ! まて! なに、いきなり!? 落ち着けって!」
 その弾みで、ワイングラスが床に落ちる。グラスが割れて、こぼれたワインが絨毯に染みを作った。
「安心しな、俺は十分冷静だ」
 口元に笑みを作れば、フランスの顔が、見る間に青ざめていく。
「……てめえ、アメリカに何しやがった?」
「あ、アメリカ?」
「しらばっくれんじゃねえ! ……てめえがアメリカに変なもん飲ませたのは、わかってんだぞ」
 ぐいっ、と締め上げる腕に力を込める。
「あああ、あれだ、あれ! アメリカがっ」
「っああ?」
「早く、大人になりたいっていうから」
「から?」
「大人の気分を味わってもらおうと……」
「と?」
「……それを、グラスで一杯」
 フランスが指差したものは、テーブルの上に置いてある、赤ワインのボトルだった。
「てめえええぇえ! 子供になんてもの、飲ませてやがるんだっ!」
「ほんの、ちょっとだけだって!」
「量の問題じゃねえだろ!」
「え、あ、ちょ! ごめん! まじ、ごめんって! ちょ、あああぁぁあああぁあぁあああ!」
 両手でフランスを吊り上げて、そのままおもいっきり、投げ飛ばす。

 びたん!

「ぎゃっ!」
 壁にぶち当たって、ズルズルと落下し、くそワインはそのまま動かなくなった。よし。
 ――それにしても、アメリカは、ワインを飲んでいたのか……確かに、赤い顔や、ふらつく足取り、アメリカの様子は酔っぱらいそのものだった。アルコール臭はしなかったから、フランスの言う通り、飲んだ量は少しなのだろう。
 アメリカ、大丈夫かな?
 一人にしてきたことが、急に心配になってきた。酒なんか飲んで、具合が悪くなったりしているかもしれない。
 俺はのびたフランスを放置したまま、アメリカの元へと戻った。



「アメリカぁ?」
 急いで玄関まで来たが、アメリカの姿が見えない。
「アメリカ! どこだあ!?」
 やばい、何かあったのか!?
 あわてて、近くの部屋から手当たり次第にドアを開けて中を覗いていく。
「アメリカ! アメリカああ!?」
 しかし、いっこうに、アメリカを見つけることが出来ない。
 いない、いない! どこにもいないぃぃい!!
 どこにいったんだああ! 俺のアメリカ! マイエンジェル!
 「一人にしないで」と言っていたアメリカを、いくらフランスが殴りたいからって、なんで、一人ぼっちにしちまったんだ! 俺! ちくしょう! 俺のバカ!

 ばんっ!

「アメリカ!」
 もうこの部屋で最後……って、ここは、リビングじゃないか。さっきまで俺がいたところだ。
「アメリカ、いるのか!?」
 いちるの望みをかけて、名前を呼ぶが返事はない。アメリカの姿も見えない。フランスが白目を剥いて、気絶しているだけだ。……このくそワイン、アメリカになんかあったら、ただじゃおかないからなあ!
 あああ、それにしても、アメリカはどこにいったんだ!?家の中にいないなんて。
 ……まさか、外に出たのか?
 俺は、アメリカがよく、庭で『友達』と遊んでいたことを思い出した。
 家の中を駆け抜けて、玄関から外に出る。
「アメリカああ! アメリカああああ!」
 フロントヤードに姿を見つけることが出来ず、バックヤードにまわる。まずいぞ。バックヤードには池があったな。アメリカはかなりふらふらふわふわしていたから、足を滑らして、池に落ちた可能性も……!
「あ、ああ、アメリカああああっ!! 返事しろ! アメリカああ!」

 ばさばさばさばささっ

 俺の大声に驚いたのか、野バラの陰から数羽の野鳥が飛び立つ。子ウサギもひょっこり姿を現した。
 あ、あれって、確か、アメリカの友達じゃないか!?
 急いで陰を覗くと、はたして、うずくまっているアメリカを見つけた。
「アメリカ!」
 俺の呼び掛けに、まったく反応しないアメリカの姿に、全身の血の気がザアッと、音をたてて引いていく。
 ま、まさか……!
「アメリカああああっ!!」
 あわてて抱き起こすと、アメリカの腕が糸が切れたマリオネットのように力なく落ちる。
「アメリカ……」
 震える手でその白いほほに触れる。まだ、あたたかかった。
 なんで、なんでこんなっ……!
 ……って、あれ?
 涙ににじむ視界が、規則正しく上下する胸をとらえた。口元に耳を近づければ、アメリカはすうすうと、静かに寝息をたてていた。
 は、ははは、は。なんだよ、寝てるだけじゃねえか……アメリカを抱き抱えたまま、ぺたん、と尻餅をついた。張りつめていたものが一気に抜けていく。
作品名:大人になる薬 作家名:チダ。