サヨナライツカ
最寄り駅から徒歩二十分のアパートは一人暮らしには十分すぎる2DKの間取りだったが、駅から遠いことと、建築年数の古さから家賃は安かった。かつて、綱海とふたりで一緒に暮らしていた部屋だった。
風丸は部屋に入って電気をつける。もう六年もこの部屋には自分に「おかえり」と告げてくれる人間はいなかった。
寝室として使っている和室の押入を開けて、そのなかにある大きな段ボール箱を取り出す。
(これを開けるのも六年振りだな……)
封を開けると、なかからすこしほこり臭いにおいがした。
綱海がこの部屋を出ていく時、ほとんどの私物はまとめて出て行った。これは「悪いけど、ゴミの日に出しといて」と言われて残された物たちだった。
すこしの衣服と、読み古した漫画数冊と、お菓子のオマケやらこまごまとしたものが詰まっていた。
風丸は一番上に置かれたTシャツを手に取ると、顔に寄せた。ほこり臭さに混じって、かすかに潮の香りがした気がした。
目を閉じて、先の綱海の姿を思い返す。口が音もなく動く。
『幸せになれよ』
音としては届かなかったが、綱海は確かに風丸にそう告げていた。幸せを願ってくれていた。
(春になったら、引っ越そう)
そして、あいつのことで泣くのはこれで最後にしようと、風丸はTシャツを強く握りしめた。
窓の外ではまだ緩やかな風が吹いていた。春は、すぐそこまできていた。