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【シンジャ】カリソメ乙女【C81】

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Prologue

 青を中心にした陶磁器で出来た薄板が張り付けられている廊下には、六面硝子の行灯【ランタン】を手に持っている人物の姿がある。霰石のような限り無く白に近い銀髪に黒目勝ちな瞳。そして、決して高いとは言え無い鼻の上にある雀斑【そばかす】が特徴のその人物の名前は、ジャーファルという。
 薄茶色の簡素な寝間着を着たジャーファルは、十代後半程度の見た目をした女でも男でも通用する外見の持ち主である。男なのか女なのかというと、女である。見る者に性別を悩ませるのは、彼女がどちらでも通用する顔立ちをしている事と男のように短い髪をしている事だけが原因では無い。既に十八歳に彼女はなっているのだが、その年齢の女性ならば普通は持っている丸みを全く持っていない事も原因の一つであった。
 星や月が浮かんでいる真っ暗な空が窓から見えている今は、早い者であれば床に就いている時間である。そんな時間に彼女が何故廊下にいるのかというと、とある事を同じ建物に居るこの国の王であるシンドバッドに頼む為である。ジャーファルがいるのは、王宮にある王と王に近しい者たちの私的空間である、紫獅塔という名前の建物である。何故そんな建物の中に居るのかというと、まだ十八歳という年齢であるだけで無く女であるというのに、この国の政務官でジャーファルはあるからだ。
 普通政務官は、見聞が広い高齢の男性がつく役職である。女で更に年若のジャーファルが政務官という責任ある仕事に何故就いているのかというと、建国してまだ間も無いこの国を作ったシンドバッドと建国前から行動を共にしており、彼の信頼を得ているからである。勿論、理由はそれだけでは無い。シンドバッドは無能では無いので、そんな理由だけでジャーファルを政務官にしたりしない。
 十八歳という年齢だとは思えないほど、ジャーファルの見聞が広いからという事も理由の一つである。ジャーファルの知識は、高齢の知識人と対等に談論できるほど豊富であった。驚くほど博識な彼女であったが、実は教育らしい教育を受けたのはシンドバッドと出会ってからである。シンドバッドと出会ったばかりの頃。十代前半の頃は全く学が無く、自分の名前すら書けない状態であった。
 そんな状態から今の状態になったのは、ジャーファルが類ない記憶力と理解力の持ち主であったからだけでは無い。本人の努力も今の結果に繋がっている。
 昔から政【まつりごと】に女性が関わるべきでは無いといわれている。女であるジャーファルが政務官をしている事について何か言う者が現れそうなのだが、その事について何か言う者はいなかった。それは、シンドバッドを含む極一部の人間しかジャーファルが女であるという事を知らないからである。――男であるのか女であるのかという事が分かり難い外見を活かして、ジャーファルは男として生活していた。
 ジャーファルが男と偽って生活しているのは、性別を問題視されないようにする為では無い。ジャーファルが男と偽るようになったのは、シンドバッドと出会い自分の性別を意識するようになった頃の事である。シンドバッドと出会うまで特殊としかいえない環境の中にいた彼女は、それまで自分の性別を意識した事が無かった。十八歳になっているというのに、女性らしさが全く無い体つきをしているのは、その事も原因なのかもしれない。
 何故性別を偽るようになったのかというと、女として生きると色々な制限がある事に気が付いたからだ。その選択をジャーファルは後悔していなかった。それどころか、その時の自分の選択は正しかったと思っていた。
 昼間とは違う光景の中を進んで行くと、シンドバッドの部屋の扉が見えて来た。この国の一般的な国民が暮らしている住居には扉が無いのだが、王宮にある部屋の殆どには扉が付いている。何故扉が付いているのかというと、中での会話を外にいる者に聞かれないようにする為である。部屋の前まで行き軽く扉を叩くと、直ぐに扉が開き部屋付きの侍女が姿を見せた。
 部屋付きの侍女がいるのは、シンドバッドの部屋だけでは無い。女である事を知られると困るので部屋付きの侍女を断っている為自分の部屋にはいないが、この建物で生活している他の者の部屋にもいる。
「王に話しが」
 やって来たのが自分以外であれば、シンドバッドに通しても良いかという事を侍女はここで訊きに行っただろう。しかし、やって来たのが自分であった為、シンドバッドに確認を取りに行く事無く部屋に通してくれた。何故侍女がシンドバッドに確認を取りに行かなかったのかというと、自分が来た時は確認せずに通しても良いという事を彼から言われているからだ。
「ジャーファルです」
 部屋を入って直ぐの場所には、部屋の主であるシンドバッドを待つ為の間がある。美しい調度品が並んでいる天井の高いその間から奥に向かって声を掛けると、直ぐに部屋の奥からシンドバッドの声が聞こえて来た。
「何かあったのか?」
「ご安心下さい。何かあって来たのではありません」
 何かあったので自分がやって来たのかもしれないと思っているシンドバッドにそう言いながら、声が聞こえて来た方へと向かって歩き出した。
 シンドバッドの部屋の中には複数の間があり、部屋の中は一つの家のようになっている。自分の部屋もこんなに広い訳では無い。シンドバッドの部屋がこんなに広いのは、彼が王であるからだ。自分の部屋は、シンドバッドの部屋の三分の一程度の広さである。
「そうか。それなら良かった。それで、何の話しがあるんだ?」
「直ぐにお話しますので、少し待って下さい」
「分かった」
 シンドバッドのその声を聞いた後、彼が居る間の前に辿り着いた。入り口にある布を捲り中に入ると、柔らかな座布団が幾つも置いてある長椅子で横になっているシンドバッドの姿が目に入った。その格好で水煙草を吸っている彼は、昼間に仕事の用件で会った時と同じ紫色の長い衣裳の上から白い上着と同じく白い下半身を覆う筒状の衣服を着ていた。
「まだ着替えていなかったんですね」
 昼間会った時と同じ衣服を着ていたが、シンドバッドは昼間会った時と全く同じ服装では無かった。昼間会った時は、首や腕に豪華な装飾品を幾つも付け頭には一枚布で出来た帽子を被っていた。しかし、それらは無くなっていた。その事から、それらを外したというのに彼が着替えをしなかったという事が分かった。
「まあ、良いだろ。それで、何の話しが俺にあるんだ?」
 いつまでもそんな格好をしていないで着替えて下さいという事を自分から言われない為に、シンドバッドが話しを変えたのだという事は分かっていた。シンドバッドの思っている通りであったのだが、ここに来た理由を考えるとその必要は無いかもしれないと思った事から、それを言うのは止めてここに来た理由を話す事にした。
「お願いがあってここまで来ました」
「お願い……? 無茶な事は言うなよ」
 シンドバッドが渋い顔でそう言ったのは、過去に何度か無理な頼み事をしているからである。その無理な頼み事は全て、自分の事では無く仕事の事である。その事から、自分の頼みが仕事の事だと彼が思っているのだという事が分かった。
「仕事の事ではありませんのでご安心下さい」