潤いアイウォンチュー
何に、と聞き返そうとした悠里の横を、永田はするりと空気のように抜けていく。
身体ごと振り返った悠里の右目の下を通り過ぎざまに冷たい指が触れた。
「っ…?」
息を詰めた悠里に、永田が横目でちらりとその姿を捉えて小さく笑う。
ぞくり、と背筋が粟立つ感覚。
危険だと何かが警鐘を鳴らす。
悠里は口の中がからからに乾いていくような錯覚を覚えた。
「…私と先生の道もまた、遠いとは思いませんか?」
「永田さん…?」
「手繰り寄せて畳んで、燃やしてしまいましょうか」
くっ、と笑う永田に、悠里は今度こそ意図していることを明確に受け取り目尻まで赤く染めて言葉を失くした。
主のない場所で交わされる言葉は毒を含んだ甘い罠。
逃げるように首を横に振った悠里に、永田はそれ以上何も言葉にすることなくバカサイユのドアを開いて出て行ってしまった。
「…もう、一体何なのよぅ…!」
その場に残された悠里はぺたりと毛足の長い絨毯の上に座り込んで、テーブルの上に散らばった古典のプリントを涙目で睨みつけたのだった。
作品名:潤いアイウォンチュー 作家名:ユズキ