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[ギルエリ]黒い森の蝶の館[娼館パロ]

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[chapter:1]

夜の闇に燦然と輝くいくつものランプが、誘蛾灯のように男を誘い込む。
エリザベータは頬杖をついて暗い窓の外を眺める。
館は黒い森の奥深くにあり、点々と街灯が光っている以外は何も見えなかった。
エリザベータはふん、と鼻を鳴らす。
下品ね、と顔を反らすのはナターリヤだ。彼女はただ一人、想い続ける人のためにこの館で身体を売り続けている。
だって、今夜は星も見えないのよ、とエリザベータは唇を突き出す。真っ暗なだけの夜はつまらない。エリザベータは星が見える日は窓を開けて、客の肩越しに星を眺めるのが好きなのだ。

故郷の風の匂いは忘れてしまったが、星は変わらず瞬いている。エリザベータの心をざわめかせ、幼い頃の思い出を甦らせる。

ようこそいらっしゃいました、と媚びるしゃがれた声がする。今日一番の客が扉を叩いたのだ。

エリザベータは窓の外を眺めて振り返らない。
一番の売れっ子なら人形のように美しいナターリヤだし、二番目ならどこまでも甘く優しく気立ての良いその姉だ。良くて並み、着飾ってようやっと中の上という、取り立てて褒めるところのない己の容姿に加え、草原を駆け回っていた幼少期に根付いた少年のような気質は、娼婦としてエリザベータを求める男たちにはむしろ敬遠された。
また、彼女の売り上げを追及すべき斡旋役である女将は、館に上がった時点で既に処女を失っていたエリザベータに早々に見切りをつけていた。
よってエリザベータが真っ先に呼ばれることなどありえなかった。

今日、今この時までは。

「ご指名だよ!」
しゃがれた声に急きたてられて振り返ると、軍服の青年が不敵に笑っていた。
エリザベータは眩暈を覚えて唇を噛んだ。

なぜここに彼がいるのか。
二度と会わないはずの幼なじみ、彼女の初めての行為の相手、永遠の想い出の中にあるはずの人物。
たくましく成長を遂げ、出世を誇示するかのように上等な軍服を纏い、女将を退かせてエリザベータに突き進む歩みには一筋の迷いもない。

エリザベータは身を固くした。切り離したはずの過去と現在を繋がれることは苦痛でしかない。
しかし、彼の身に着けた勲章の数と帽子の飾りを見れば、機嫌を損ねてはいけない相手であることは分かる。
かつてないエリザベータの緊迫した表情に、ナターリヤさえもすみれ色の瞳をちらりと瞬かせた。
青年は黙って手を伸ばす。
エリザベータはその手を取らず、彼を睨みすえたままソファを立った。
「早くおし!お待たせするんじゃないよ!」
女将の声に押されるように1歩前に出る。
瞳と同じ新緑の色をしたドレスが翻った。

ギルベルトは娼婦の手を取ると、乱暴に引き寄せる。
「お部屋は、こちらを」
案内の召使を追い越すようにして、エリザベータを引きずり込む。

美しく終わったはずの初恋が今、暗く燃えあがろうとしていた。