[ギルエリ]黒い森の蝶の館[娼館パロ]
たくさんの男を愛し、一夜の慰めを与えて送り出す仕事はエリザベータの性に合った。
華やかではなく、手練手管に長けたわけでもない彼女は決して人気が取れる娼婦ではなかったが、
故郷に恋を打ち捨ててきた男たちには異様に愛された。
なくした初恋を慰められる、というのが彼女につけられた評価だった。
もはや、夜会のためにだけ使われる自分の別荘のベッドよりも肌に馴染んだ娼館のベッドで、ギルベルトがエリザベータを手招く。
どうせ一度部屋に入ったなら、途中で逃げることは敵わない。
「キスは」
ドレスを無造作に脱いで、横たわるギルベルトの隣に腰かけたエリザベータにギルベルトがねだる。
「駄目」
色気のない革紐で長い髪を一つにくくって背中に流し、ギルベルトの隣に滑り込みながらエリザベータが冷たく言い放つ。
彼女が拒まないのは、肌を求めて摺り寄せてくるギルベルトの身体ひとつだけだった。
金も、地位も、愛情や快楽すらも、自分を縛るすべてをエリザベータは求めない。
その圧倒的な安堵と、同じだけの失望が、ギルベルトを空しい行脚に駆り立てる。
14の夜、ギルベルトはエリザベータを求め、エリザベータは応じた。
照れくさい口づけと、生々しいお互いの素肌は、二人を戸惑わせながらも引き付けた。
まだ花開ききらぬ二人の見よう見まねのつたない行為は、今に至るまで一度も会話に出たことはない。
ギルベルトの短い銀髪を撫で、エリザベータは窓の向こうの森にかかる三日月を眺める。
自由とギルベルトを天秤にかけ、今はまだ自由を選んでいる自分と、
家とエリザベータを天秤にかけ、今はまだ家を選んでいるギルベルト。
お互いに変えるつもりのない人生を持ちながら、なぜ今も離別できずにいるのか。
こうして顔を合わせるたびに、ゆっくりと心も体も許されてゆくのが、
エリザベータにとっては何より恐ろしい。
いずれこの両端の重りが天秤を壊す日が来る。
――――どうして
あなたに惚れたりしてしまったのかしら。
両の手では持ちきれないから、置いてきたはずなのに。
共に在ろうとする限り、壊れてゆくばかりなのに。
エリザベータは小さく歌を歌いだす。
黒い森を通り抜ける風に乗る子守唄は、いつまでも長く尾を引いた。
[了]
作品名:[ギルエリ]黒い森の蝶の館[娼館パロ] 作家名:佐野田鳴海