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My bliss

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「坊《ぼん》」
「なんや、志摩」
 机に向かっている勝呂竜士がぺらり、と参考書を捲りながら答える。呼びかけた志摩廉造の方など、ちらとも見もしない。自習室の一角に座った廉造と三輪子猫丸は彼の正面に並んで、勉強道具を広げている。隣で課題を片付けていた子猫丸が訝しげな顔をして廉造をちらりと見た。
「ぼぉーん」
「だぁーら、なんや。用があるならはよ言いや」
 構え、と言う気持ちを乗せた呼びかけだったが、勝呂にあっさりと受け流された。ぱたぱたと別の本を開いたり、ノートを捲ったりと忙しそうだ。
 だらしなく机に顎を伏せて、廉造はその顔をぼんやりと眺める。
 額の生え際からうなじまで、髪の毛の真ん中だけ金色のメッシュが入っている。その部分だけ少し長めに切った髪形は『ソフトモヒカン』と言うらしい。普段は鶏冠のようにきちんとセットされているが、風呂上りの今はざっと乾かしただけで、前髪をピンで留めている。生意気にも顎に生やしたひげが、もともといかつくて、目つきの悪い顔を更に怖くしている。
「坊、影で正十字学園をシメた言うて噂されてはりますよ」
「あ?なんや藪から棒に」
 その噂のせいか、同級生の大半が怖がって係わり合いになろうとしない。残りは若干畏敬の念を抱きながら遠巻きに見るか、勝呂を引き降ろそうと敵対心を燃やしつつも、得体が知れない不気味さに近寄ってこない。
「噂言うんは、無責任ですからねぇ」
 子猫丸も課題を解きながら苦笑する。
 しかし、実のところ勝呂は真面目で、非常に規則正しく、几帳面に、かつ禁欲的《ストイック》に日々を送っている。
 ――正十字学園の『ミスターストイック』や。
 勝呂は前日の夜がどんなに遅くても、五時半には起きて、ジョギングに出る。そんな彼を、廉造は「変態」とからかう。
「ソンでんなぁ」
 廉造がククク、と笑うのを、勝呂がちょっと上目遣いに睨みつける。よく知らない人間がこの眼差しに出会ったら、『ゴメンナサイ』と震えて謝りながら手持ちの全財産を差し出すくらいの悪い目つきだ。だが、子供の頃からの付き合いの廉造たちには、全く違う感情だと判っている。
 本来真面目で根は優しい少年なのだ。それをストレートに出すのを『男の沽券に関わる』と強面ぶって、ヘタクソなのを誤魔化しているからいけないのだが、その辺りにはとんと気がついていない。
「アホらし、勝手に言わせとったらエエんや」
 勝呂が切り捨てる。そんな噂をされるのも、中学までなら平気なフリをしてこっそり落ち込んだりもしていたが、高校に入ってからは全くそんな様子がない。
 念願の祓魔塾に入り、まずは自身の野望に近付くその第一歩を踏み出したこと。そして、祓魔塾の面々と出会ったからだろう、と廉造は思う。それまでの追い詰められたようなぴりぴりとした感じが和らいでいることからも、明らかだ。
「そないに冷とう言わはるから怖がられるんですわ」
「別にかまへんわ。それより、志摩。お前課題片付けたんか?」
 勝呂が腕時計をちらりと見ながら尋ねる。
 当然終わっている訳がない。集中力などとうに切れているし、もう直ぐ消灯時間だ。
「志摩さん…。そんなんやと授業置いていかれますえ」
「祓魔師《エクソシスト》なれんかったら、明陀の戦闘員にもなられへんえ」
 勝呂と子猫丸が廉造を見る。それで良いのか?と尋ねる顔だ。
 えへへ、と笑うと、勝呂が少し苛立った、そして呆れた顔で、参考書で廉造の頭を軽く叩いた。
「アホ、とっととテキスト開き」
 ――俺が辞める、言うたらどないしはんのやろ…。
 ぼんやりとそんなことを思う。きっと、目の前の二人は悲しい顔をするだろう。いくらかは引き止めてくれるかも知れない。あるいは、翻意するように説得してくれるかも知れない。だけれど、自分がへらへらしながらも決心を変えないと知ったら。
 心から賛成ではなくても、きっと自分の意思を尊重してくれるだろう。
 ――俺が聞きたいんは、そないなことやあれへん。
 特に勝呂から聞きたい言葉は、少なくとも「お前の考えたことや。反対はせん」などと言う、物分りのいい言葉ではない。しかし、それは求めてはいけないことだ。それでも時々堪らなくなって気持ちが破裂してしまいそうだった。ちらり、と上目遣いに勝呂を見る。
「聞いとるんか?ソロモンの霊が書かれたグリモアは、今日やったやないか」
 見ろ、とグリモア学のテキストが差し出される。
「こんなとこやりましたっけ?」
「お前、今日ナニ聞いとったんや」
「もう、頭パンクしますわぁ…」
 消灯時間間際の自習室には流石に人が少ない。ぽつりぽつりと人がまばらに座っているだけだ。
「坊、もうそろそろ消灯ですえ」
 子猫丸が腕時計を見る。
「続きは部屋でやるか。ヨシ、行くで、志摩」
 パタパタと片付け始める勝呂達を、廉造はまだ続くのか…と言う気持ちで見た。

「まだ、起きとったんか」
 背後から声が掛かる。消灯の見回りにきた寮長には、謝って見逃してもらい、一時間過ぎてやっと課題が片付いた。そこから就寝したが、廉造は何だか寝付かれなくてこっそり部屋を抜け出してきたのだ。
「坊こそ」
 廉造が振り向く。男子寮の屋上には物干し竿がたくさん並んでいる。それを鉄柵がぐるりと取り囲む。廉造は寝巻き代わりのジャージ姿で正十字学園町の夜の景色をぼんやりと眺めていた。
 勝呂は廉造の隣に並ぶと、柵に頬杖を付いて街灯とネオンがぼんやりと灯る夜の風景を見つめる。
 そんな彼の顔立ちがたまらなく好きだ。
 ――坊のこと変態、変態て言うてたけど、俺も大概変態やで…
 その気持ちにいつ気がついたのか。
 思えば小さい頃からあったような気がする。中学の頃には既に自覚があった。親元を離れてからは、想いがつのるばかりだ。
「お前…。最近へんやぞ」
 ぼそりと勝呂が口を開いた。
「何ぞあるんやったら、ちゃんと相談しぃや」
「うぇっ…!?…き、…気付いとったんですか…」
 こんな風に問いただされるのが一番困る。だから気持ちはおろか、悩んでいるような素振りも見せないように十分態度には気をつけていたつもりだ。しかし、無駄な努力だったと思い知らされる。
「当たり前やろ!お前も子猫も、俺にとっては家族同然なんや。それくらい気付けへんわけないやろ」
 廉造は思わず、うはァ…、と笑い声のような溜め息のような言葉を漏らす。それで、今日も廉造を心配して起きてきたというのか。
「な…っ、なんや!俺にも相談でけへんことか」
 勝呂の顔が暗いのにもかかわらず真っ赤に染まるのが判る。気持ちは嬉しい。もともと気配りの出来る相手だから当然といえば当然だが、この忙しい日々で、そこまで廉造を良く見ていてくれたと言うのは感動的ですらある。
 それでも、だ。当の廉造の想いは「家族同然」ではない。
 ――相談…できまへんやろ…。
 むくむくと悪戯心が沸き起こる。
「坊…」
「なんや」
 赤くなりながらも、自分を頼ってくれるのか、と言う喜びで少し和らぐ。
「…」
 そこで、廉造は詰まってしまった。喋ろうと口を開くが、ぱくぱくとするだけだ。思った言葉が出てこない。好きだと冗談めかして気持ちをさらけ出して、どう言う反応をするか見てやろうと思っていたのに。
作品名:My bliss 作家名:せんり