あなたに会えた喜びを
外を歩いてきた奥村雪男の身体は冷えていた。
今は十二月も末、そして、夜である。寒くて、あたりまえだ。
しかし、今いる場所は暖かい。
「誕生日、おめでとう〜」
部屋の主である霧隠シュラが雪男の隣で陽気に笑いながら言った。
ソファに腰かけたシュラは華やかな浴衣姿である。それがシュラのルームウェアなのだ。
シュラの手には缶ビールがある。
「祝い酒だ」
顔を輝かせて、シュラは缶ビールに口をつける。
それを雪男は眼を細めて見る。
「……僕はまだお酒を飲める歳じゃないです」
「だから、おまえのためにお茶を用意しただろ」
確かに雪男のまえのテーブルには湯飲みが置かれている。湯飲みの中身は緑茶だ。
「祝う側のあなたが祝い酒を飲んで、祝われる側の僕がお茶って、なにか違いませんか」
「えー、じゃあ、なんだったら良かったんだよー」
シュラは口をとがらせ少しすねたような表情で言ったあと、また缶ビールに口をつけた。
結局、たいして気にしていないのだ。
雪男は軽くため息をつく。
それから、湯飲みを手に取った。
手のひらに、じんわりと温かさが伝わってくる。
雪男は緑茶を飲んだ。
身体が暖まる。
そういえば、この部屋に来てから、外で冷えきっていた身体が解凍されるように徐々に温もりを取りもどしていた。
シュラは冷えた雪男の身体が暖まるようにしてくれていた。
……気にしていないわけではなさそうだ。
けれども、シュラは自分が気にしていることを他人に知られたくないのだろう。
自由奔放に思うままに生きているように見えるが、案外、シュラは他人を気遣い、自分のことより優先するほうだ。
そのあたりのことに気づいてから、雪男はドツボにハマってしまった。
自分とは百八十度違う、好きになれないと思っていた相手なのに、自分の胸に恋愛感情があるのを否定できなくなってしまった。
好きになってしまっていた。
だが、シュラにその気はまったくなかった。シュラは雪男を子供だと思っていて、恋愛対象としては見ていなかった。
それでも雪男は諦めきれず、やがて、どうにか口説き落とすことに成功した。
そして、今に至っている。
作品名：あなたに会えた喜びを 作家名：hujio