ろけ☆はん
第1話
舗装されていない林道は紅く色づき始めた木々の間を縫って、山の中腹にある一軒家へと続いていた。
公道からも離れ、周囲に他の民家は見当たらない。
別荘としては申し分ないが、いかんせん手入れが悪く、来る者を歓迎しているようには見えなかった。
低い生垣に備え付けられた木製の門扉を押し開いて、大きな荷物を抱えた二人は玄関へ向かった。
枯れかけた雑草の間の数歩の飛び石を越えて、両開きのドアの鍵穴に真ちゅう製の鍵を差し込む。
シリンダーはスムーズに回り、かちゃり、とデッドボルトが開放される。
ぎぎぎぎぎときしんだ音を立てて2枚の扉が外側に向かって開かれると、闇で満たされていた玄関ホールに差し込む光が舞い上がった埃を浮き上がらせた。
二人のうち、女の方が先に建物に足を踏み入れて内装を見渡して、言葉を失った。
シャンデリアや家具にはうずたかく埃が積もり、ところどころ蜘蛛の巣が張られているが、その管理不足と経年劣化を差し引いてもなお威厳に包まれた装飾は、元々この洋館がひとかたならない人物の所有物であったことを物語っていた。
「すごい、あのゲームの主人公とヒロインが初めて会うシーンの背景って」
「そう、この元貸し別荘の玄関ホールなんですよ」
遅れて入った男性は、肩から下ろしたバッグを開いて充電式の投光器を床に広げてスイッチを入れた。
強いオレンジ色の光が女性を照らし、その影をホール正面の、2階へと向かう広い階段に刻む。
「あの、吉野君。着替えたいのでいったんライトを」
「ああ、ご、ごめんなさい。外で待ってますね」
吉野と呼ばれた男はライトのスイッチを切り、女性の方から顔をそらし外へ出ようと玄関へ向かおうとした。
「待って、待ってください。そういう意味じゃなくて、バッテリーがもったいないから。それに、さすがにひとりはちょっと怖いので」
「は、はい」
できるだけ女性の方を向かないようにして、吉野はかばんからカメラやレンズを取り出して撮影の準備を進めた。
女性もかばんを下ろし、中からレジャーシートを取り出して広げ、その上にメイク道具や衣装を並べながら、吉野に尋ねた。
「どの衣装から行きましょうか」
「え、ええと、百井さんのお好みでかまいませんよ」
吉野はレンズのフィルターを交換している自分の手元から目を離さずに答えた。
「あえていうと?」
「そうですね、主人公との邂逅シーンで着ていた白のドレスかな」
しばらくすると、しゅるり、しゅるり、ふぁさりと衣擦れの音が吉野の耳に届く。
「あの、手伝っていただけますか」
「あ、はい」
吉野が振り返ると百井は髪を持ち上げて、ドレスの背中を向けて立っていた。
白いドレスに包まれてなお白い百井のうなじと、そしてそこから背中さらに腰へとS字を描くカーブをジッパーで隠し、さらにコルセットの要領でリボンで編み上げて締めこんだ。
「ありがとう」
先ほどまでとは打って変わった落ち着いた声でそう言って振り返る百井の目とその立ち振る舞いは、ゲームのワンシーンそのもので、吉野は気圧された。
「行きます」
そう言って吉野もカメラを構えると真剣にファインダーを覗き込んで百井を狙い無我夢中でシャッターを押し続けた。