ろけ☆はん
第2話
ピーピーピーピー
カメラから発せられる警告音に吉野があわてて確認するとメモリーカードがフルになっていてシャッターが切れなくなっていた。
「すみません」
吉野はバッグに戻ると中を探って交換用のメモリーカードを探した。
「私も着替えますね」
「あ、終わったら声掛けてください」
メモリーカードとついでに減り始めていたバッテリーを交換し終え、しばらくカメラの設定をいじったりしながら後ろを向いて待っていたが声はかからなかった。
耳をすましていると、とんとんとんとんとんっと階段を上がる足音が聞こえた。
振り返るとゲーム中でヒロインが部屋着にしている生成りのレースガウンに着替えた百井が階段を登り終えるところだった。
「百井さん」
何事かと吉野は声をかけたが、耳に入らなかったのか、百井は玄関ホールを見下ろすようにぐるりと巡っている廊下を進むと、ガウンの裾をくるっと翻し、廊下の中ほどにあった扉を開けて部屋の中に入ってしまった。
吉野はあわててカメラを手に立ち上がると、薄暗い階段を登り、光の届かない廊下を渡って百井の入った部屋の扉を開けた。
「うっ」
日の当たらない廊下の暗さになれた目に刺さる明かりに吉野は目が眩んだ。
二、三度目をしばたたかせて薄目を開けると、そこは小さな古めかしいライティングデスクと大振りなベッドが備え付けられた洋室だった。
一歩足を踏み入れると、毛足の長い絨毯が柔らかく靴を押し返す。
部屋の正面の腰窓からは冬の夕暮れ独特の白い陽光が右手壁際のベッドに差し込んでおり、そのベッドの上には百井が腰掛けていた。
黒いダマスク柄のベッドカバーと生成りのガウンのコントラストに吉野はデジャヴュを感じた。
インテリアの雰囲気も、部屋のレイアウトも、ゲームのシーンそのものだった。
そしてゲームのイベントムービー同様に、うつむいていた百井は吉野へと視線を上げ、目があったところで薄い笑みを浮かべると、手のひらを上に向けて右手を差し出し、ゆっくりと指を折って手招きした。
そんな百井のジェスチャーに引き込まれるように吉野はベッドに片膝を乗せ、カメラを構えるとファインダーを覗き込み、続けてシャッターを切った。
そんな吉野のカメラに押し倒されるように、百井はベッドへと上体を倒し、ゲームのムービーでヒロインが取っていたように、両手を自分の肩に乗せ、肘をわき腹にぴたりと寄せた。
その白い胸の深い谷間と、緊張と興奮がないまぜになった表情を正面から撮影するために、吉野は仰向けの百井を膝立ちでまたいで、真上からシャッターを切り続けた。
1コマごとに異なる表情を見せる百井の迫真の演技は、カメラマンの吉野にも伝わり、双方の額に汗がにじむほどだった。
上気した百井の顔がカメラを向き、ファインダーの中で吉野の視線を捉える。続けてシャッターを切る刹那、その残像はゲームのヒロインそのものだった。