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鳥は囀り花実り、:中

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 翌日未明。雲がなければ星が一等綺麗に見えたであろう時刻から、ギルベルトは馬を伴って街道脇に突っ立っていた。
 エリザベータが出立する時間をフェリクス達に尋ねたものの、あの二人も「朝早く出るから見送りはいい」の一点張りに負けて知らないのだという。なので南へ続く一本しかない街道で待ち伏せである。
 厚い雲のおかげで芯から凍えるような寒さではないものの、体の末端は少しずつかじかんでくる。手足を曲げ伸ばしたり、馬の暖かさを分けてもらいながらいつでも体が動くようにしておく。ほう、と白い息を風に流して馬の背にくくりつけた荷を何となく見やった。
 返しそびれていたショールは荷にまとめてきた。だからそれは返せる。二人だけで話が出来る。待ち望んだ機会はもうすぐそこだというのに、こみ上げてくるのは腹のあたりにくすぶるなんとも重苦しいもやばかりで、喉の奥が詰まりそうだ。
 彼女のやんわりとした拒絶。置かれた距離。それはギルベルト自身も今計りかねているものであったが、相手から遠ざけられて感じたのは戸惑い焦り悲しみ怒り他ごちゃ混ぜの憂鬱。
 何を根拠にこの距離だけは変わらないと思えていたのか。縮まることもそうないが、こういう風に遠ざけられるなんて思いもよらなかった。
 考えれば考えるほどに身悶えるようなむず痒さが疎ましくて、その矛先を足先にあった小石にぶつける。思い切り蹴飛ばされた小石は硬く踏み均された土にてんてんと転がり、すぐに止まった。
 と、そこでいきなり背を小突かれた。腕と体の隙間に入り込むように鼻先を擦り寄せてくる馬の力は思いのほか強く、押されぬよう足に力を込める。じゃれてくる馬を相手に半ば全力で思い切り撫で回した。
 構ってもらえてご満悦なのか機嫌よく鼻を鳴らす馬の様子に、沈みささくれ立っていた気分が次第に和らでいく。とことん撫でくり回してやろうと思ったとき、遠く、かすかに馬の蹄の音が聞こえてきた。
 自分が来た方角を見据える。黒に藍が混じり始めた空に騎乗した人影が現れる。誰かを視認出来る程度には日も頭を出し始めていて、旅装に身を包んでいてもその人影がエリザベータなのはすぐにわかった。手を振ろうとして躊躇われ、持ち上げかけた腕が中途半端に空を掻いた。
 向こうもこちらを認めたのだろう。それまでのゆったりとした馬の足並みが嘶きと共に速度を増す。止まる気配のないそれにギルベルトはすかさず鞍にまたがった。
「おいこら待てッ!」
 駆ける馬の尾と一緒に無造作にくくった金茶の髪を揺らして、エリザベータが見る見る内に遠ざかっていく。前にも似たような事があった気がしつつも手綱を繰り、ギルベルトの馬が調子よく走り出した時ようやっと前方から、怒っているような困っているような叫びが聞こえた。
「つ、ついてくるな…っ!」
「そう言われて追いかけないヤツがいるか!」
 吠え立て馬の腹を蹴る。景色は見る間に後ろへと流れ、顔に吹きつける風は強さを増す。以前のように彼女が馬の速度を落としてくれる訳もなく、ただの追いかけっこがはじまった。
 馬術は彼女の方が若干分があるが、この街道は幾度も通って馬も走り慣れている。撒けるような複雑な道も森も当分先だ。こちらも地の利を生かせるような道筋ではないが逃がしもしない。
 手綱を強く握り蹄の跡を土に刻ませて。ギルベルトの目は遠く遠い背を追っていた。

作品名:鳥は囀り花実り、:中 作家名:on