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鳥は囀り花実り、:中

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 勢いこんだのは最初の内だけだった。無論気持ちの問題でなく、馬の問題で。
 走り、駆けるのに長けた馬といえど長時間全力で走っていたらすぐに潰れてしまう。
 一度鞍にまたがれば人馬一体の巧みな手綱さばきを見せる彼女がそんな愚行を冒す筈は無い。が、こちらが追いすがると無理に馬を走らせる場面も度々あった。
 これがただ捕まえるだけの相手なら消耗戦を仕掛ける気にもなる。が、残念ながら相手はエリザベータだ。騎馬民族の血を有する国人相手に今の状況でそれをやろうものなら、自分達の間の亀裂を深めかねない。
 一定の距離さえ保っていれば彼女も馬に無理をさせないようで、それがわかってからはギルベルトも大人しく馬を走らせた。とはいったものの出立してから既にどれくらいの時間が過ぎたことか。一度の休憩もなく歩を進ませ続けている現状に、ギルベルトの馬もそしてエリザベータの馬もそろそろ体力の限界が近いだろう。彼女ももう大分速度を落としてはいるが、このままではいずれ二人揃って馬を潰す結果が見えていた。
 エリザベータとて馬を潰すのは避けたい筈だ。ギルベルトは少し考え、彼女の意地を折らせるべく鉛灰色の空に大声を張り上げた。
「待てって、エリザ! 馬本気で潰す気か!?」
 夏ならば牛馬をあちこちで見かける牧草地。それを細くうっすらと横断する街道には二人しかいない。遮るものの無い声がエリザベータに届いたかどうか、今ひとつ遠目にはわかりにくかったがそれでも呼びかけた。
「替えの馬が手に入るような街はまだ先だ! いいから止まれ! こんな所で立ち往生したくねーだろ!!」
 時期を外し精彩さを欠く牧草地は地の果てまでも続いている。人がいるでもなく近くに集落もない。暖かい季節ならまだしも寒さの忍び寄る今の時期では、立ち止まるのもあまり歓迎したくない。
 エリザベータとてわかってはいたのだろう。徐々に彼女の馬が歩を緩め、そして止まった。
 ようやっとの第一歩にか、どう話を切り出すかについてか、彼女の中の馬と自分の地位の高さを比べてしまったことにか。諸々考え全てをひっくるめたため息は大きく、ギルベルトは馬を撫でてやっかいなもやもやをやり過ごした。

 人がいる場所まで遠すぎるのと馬の為の水がなるべく早急に入用なので、近くの牧童の小屋まで移動と相成った。
 冬間近い今ぐらいの気候になると、街道から外れた牧童の小屋は基本的に誰にも使われない。たまにギルベルト達のような旅人が一宿の寝床を求めてふらりと立ち寄るくらいだ。
 馬を軒先に繋いで古びた井戸の水を何度も汲んでは桶を満たす。注いだ水をあっという間に飲み干しそこらの草を貪る二頭の手入れをしてから小屋に入ると、外より幾分暖かな空気に包まれた。
 床板を軋ませ、さして広くない中を眺める。布を被った道具類と思わしき小さな塊が隅に、口が開いているのと閉じたままの旅荷物が二人分無造作に床に置かれている。火起こしを頼んで先に入ってもらっていたエリザベータはというと、暖炉前で水を張った小さな鍋が火にかけられているのを眺めていた。
 暖を求めてエリザベータの隣に座れば、居ずまいを正すには大げさな距離をとられる。ちらりと盗み見れば俯き加減の前髪で目が隠され、ふっくらとした唇は引き結ばれて何もしゃべろうとしない。
 先ほどからずっとこの調子だ。こうも反応を示さないというのは、逆に言うとこちらを意識して拒んでいるともいえて、詰まるような空気だけが小屋に充満していく。
 ぱちんっと燃える粗朶が音を立てる。それをきっかけにして、きっかけにしないと動けもしなかった事に若干少々気落ちして、上半身をひねって自分の鞄を引き寄せる。隣のエリザベータがちょっと身じろいだ気がした。
 あぐらをかいたひざに鞄を乗っけて開けて中身を引っ張り出す。くるりと丸めたショールはやっぱりふわふわで、だからちょっとくらい乱雑に幼なじみの頭上に置いても痛みはない。
 エリザベータの手が伸びかけたところでショールを掴む力を緩める。広がりながら転げ落ちたショールは彼女の手元に収まった。
「……落し物」
「あ、ありが…と」
 朝に聞いて以来の返事。ほのかに期待してエリザベータちらりと見る。ショールを抱えるように持っているのと俯き加減がちょっと変わってるだけだった。
 尖がりそうな口元を手を暖める振りして隠す。溜め息の代わりに言葉が出ればいいのに、暖炉の火だけが時折ぱちぱちとゆらめきを語り続ける。
 ひどくのろのろとした手つきで鞄の口を閉じながら、重たい口を開く。
「…あれ、どういう意味だ」
「………そのまま」
「…じゃあ、理由」
「……」
 またぱちんっと爆ぜて火の粉が舞う。随分と待ったような気がしても答えは帰ってこない。いや沈黙が答えか。
 胃に輪をかけて重たい何かがずしりと詰まる。きっとかっさばいたら何か見つかるに違いない。じゃなくて。
 …きっと好きな奴が出来たんだ。強さも自信もまだ足りなくて、何も伝えれずにいる奴がおいしい所取りっぱなしなんて話あるものか。ここは大人しく引き下がる場面だ。そしたらきっと、ちょっとくらいは昔の気軽な距離に戻れるさ。やべぇ俺様格好よすぎて涙出る畜生が。
 重石にかけた種子からじんわりと油を搾り出すように、詰まる喉の筋肉を振り絞って振り絞って、ちょっと痛みすら覚えながらもギルベルトはやっとの事で声をひねり出した。
「お前が、な」
「だってギル、あれで…女駄目になっちゃったんでしょ…だから…っ」
 涙々のとっておきに格好良い台詞を遮った幼なじみの言に、ギルベルトは錆びれまくった扉の蝶番のようにぎぎぎと首を回し、ようやく一言こう言った。
「………は?」

作品名:鳥は囀り花実り、:中 作家名:on