鳥は囀り花実り、:中
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「時間経てば経つ程そうとしか思えなくなるし、かといってずっと考え込んでると皆心配するから身体動かしてたら働き過ぎって休み取らされるし、でもそれで国に帰ってる間にギルきたらどうしようかって思うと休んでいられなくて。そんな時に新大陸に行った船が帰ってくるから仕事もあるけど見に行ってみたらどうですかってローデリヒさんが言ってくれて、丁度北の港だしもしかしたら会えるかもって来てみたらギルやっぱりぎこちなくてああそうなんだなって思ったら本当に申し訳なくなっちゃって…」
で、忘れていいから発言に至り今現在こうなってると。
これでもかという位にショールをぐしゃぐしゃに握りこんで、エリザベータは朝からだんまり決め込んでいた分の反動か一気にまくし立てる。
それを半ば麻痺した思考回路で聞きとめながらギルベルトは誰にともなく心の内でそっと呟いた。
こいつの暴走大体俺のせいだった。色んな人、ごめん。
そもそも上手く話せなくなったり顔を会わせ辛くなった理由がエリザベータの推測ほどきれいなものでない辺り、そう思わせてしまった自分の行動をギルベルトにしては本気で反省する。
確かにこちとら、エッチな事考えちゃダメって騎士団時代の教え守ってたから、女との接し方慣れてねーし苦手じゃないなんて言えないが。
けど単純に彼女の方で心変わりがあったとかじゃなく、またそんなにも自分の事気にしてくれていたという事実が不意打ちで嬉しすぎる。頬がめちゃめちゃ緩みそうになってまた手で口ごと隠した。
「だからね、今すぐは無理かもしれないけど、あの時の事嫌だったら忘れてくれて…」
「あ、あのなエリザ…」
今度は違う意味で必死に声を押さえながら恐る恐る呼びかけてみる。ゆっくりと振り向く彼女の目が見えそうになったその時、一際大きく粗朶が爆ぜた。驚いて、ついそのまま暖炉の火を見つめてしまう。
色々恥ずかしいので目線はそのままに、声がひっくり返らないよう慎重に言葉を続ける。
「…ぁあ、あの時のはな、嫌じゃ…なかった」
こんな事ならもっと暖炉近くに座ればよかったと思う位に頬が火照ってきた。手で上手く隠せているだろうか。
「そりゃ都合のいい奴扱いだったら釈然としなかっただろうけど、お前、そうじゃないって事言ってくれてたし…」
今エリザベータはどんな顔して聞いているのだろう。確かめてみたくても、身体は根が生えたように固まって動いてくれない。
「…狸寝入り」
「おお置いとけっ。えっと…話しとかなくて、悪かった」
答えは返ってこない。二分もしゃべってないのに、まるで数時間は声を張り上げた後のような気分だ。だがまだこれだけでは、エリザベータの誤解を解くに全然足りない。こちらの理由も話さなければ彼女の思い込みはほぐれないだろう。
しかしその肝心要の理由が、好意と性欲が混ぜこぜになってどんな顔して会えばいいのかわからなくなった、である。
(正直に話したらドン引きもんだろ…)
ひっそりこっそり、息を吐く。
そもそも多くの、特に若い女性はその手の話に不快を示す傾向にあると、何日か前に読んだ本に書いてあった。ああいう話をする時は相手の様子をそれとなく伺い、駄目そうなら話自体振らない方が無難だと。
ギルベルトも直球過ぎる話題に引いた覚えがあるし、どうにかぼかして説得できないものか。
「顔見に行かなかったのは、俺の方に…その、障りがあったからで…」
だから普段だったら、時間がぽっかり空く度に諸国の情報収集がてら彼女の顔を拝みに足を伸ばしていた所を、部屋の掃除なんぞに当てていたのだ。
そういう裏事情を一言に詰めまくって頑張ってみたものの、ごにょごにょ言い淀んだ言葉は火の音の方がよく聞こえるまでにしぼんでいく。
「…それが…女の子、駄目になっちゃったからって事なんでしょ…」
話し方が悪かったか、目を合わせなかったのがいけなかったのか。隣からは変わらぬ返事。
最悪にして最大のこの誤解、どうすれば無事に解けるだろう。
「それだけど別に俺、なんともなってないぞ」
「えっ」
口元を隠したまま頬杖を突くように姿勢を変えて、素っ頓狂な声を上げたエリザベータへとゆっくり首を巡らす。
ギルベルトの言葉にまんまるに開かれた翠が疑いの眼差しを持って真っ向からぶつかる。
「今俺とお前、割と普通に話せてるだろ。それに他に俺が女相手に動揺している所見たことあるか?」
「それは…、そういう場面すら見かけてないけど…でも付き合いの長い私であんな変な距離取るし…」
お前だからだよっ! と反射で叫びそうになって頬杖付いた手に力を入れる。
「あー…それだけどって、ぅわ?!」
必死に頭と言葉を巡らしている最中、いつぞやの様にエリザベータが顔を覗き込んできた。不意の近さに思わず仰け反ると、彼女は疑いの色を諦観と失意へと様変わりさせる。
これじゃ欠片も説得力がない。しまったと言い繕う間に、彼女がぽつりと呟く。
「わかった…。女の子じゃなくて、私が駄目になっちゃったのね…」
「な!? ない、それは絶ッッ対ない!!」
これでもかというぐらいに首をぶんぶん振るも、やんわりと静かに否定される。
「…無理しなくていいよ。本人はそう思ってても、身体が勝手に拒否反応出しちゃうのってあるし…」
落ち込んだ声音。離れ逸らされていく視線。乗り出していた身を引かせるエリザベータの手を上から押さえ込む。
間近い。頬が熱い。ああもう構うものか。
「人の話聞け!」
「本当もういいから」
「俺はよくない!!」
もう話す事はないとばかりにふるふると首を振る。押さえた手がギルベルトから逃れようともがいていて、それで何かが自棄を起こした。
神様神様。ちょっとだけ居眠りか余所見しててください。
言葉より行動の方が説得力があるというのなら。
しょげた彼女の後頭部、首の付け根あたりをひっつかんで引き寄せて、目測そこそこに自分の唇を彼女のそれに押し付けた。
ぱちぱちと。暖炉の火ばかりがその場で揺らめいていた。
[続く]
作品名:鳥は囀り花実り、:中 作家名:on