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鳥は囀り花実り、:中

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 あの一夜で何か女として変わったかというとぶっちゃけ特にない。
 一応、夜会の理不尽さは見事にすっとんだとか、あんな恥ずかしくて怖くて心臓うるさいのあいつ以外じゃ無理だったなぁとかその他諸々思った事はあるけれど、女性の自覚っ!みたいな意識的なものは特に変わりないように思えた。
 とはいえど気分の切り替えにはなったので、エリザベータは今日も屋敷の女性の同僚から作法など教えてもらい、見習い、実践しながら学ぶ、そんな健やかな毎日を過ごしていた。
 それがちょっと変わったのは花の盛りが終わる頃。鮮やかな色と香りで屋敷の庭を彩ってくれた花びらを惜しみながら箒で片付けている時。あいつがまたこっそり顔を出しに来た時だ。
 あいつは木陰に隠れ、エリザベータを小声で叫んで呼びつけておきながらあと歩いて五歩くらいの所で、そこまででいいと手でストップかけてきた。
「そっ、その……痛いのとか、大丈夫だったか…?」
 久々に会ったあいつは木陰でもそうとわかるくらいに頬を赤くしていて、エリザベータもなんとなく気恥ずかしい。あの時以来だから仕方ないか。
「えっと、ちょっと感覚残ってたけど…うんまぁ、概ね」
 ちょっとした悪戯心も交えて正直に答えれば、あいつが目に見えて動揺したのがわかって。それがなんだか丁度スカートをきちんと履き始めた頃みたいで、ちょっぴり面白かった。
「ね、ちょっと待ってて。この前」
「いやっ、いい! 元気なのわかったからな、お、俺様は帰るぜ!!」
「え、ギルベルト?」
 声と身体の向きを裏返して走り出す幼なじみにエリザベータはびっくりした。いつもならもう少しくらい話をしていくのに。
「また来るぜー、おとこおんなー!」
 捨て台詞さながらの言葉にいらっとして、森の奥へ駆ける背に持っていた物を槍投げの要領で投擲するも、空気抵抗にあえなく失速。箒は何度か弾んで木漏れ日の中に転がり落ちた。
「もぉなんなの、あいつはー…!」
 どことなく調子が狂うのを感じながら箒を拾いに森の中へ。新緑と梢の影は少しひんやりとしていて肌寒い。湿り気を帯びた土に転がる箒を持って、あいつが走り去っていった方を見つめた。
 大体もっと普通にしていればいいのに。でも、あの気遣いがほんの少し嬉しくてくすぐったい。こちらが頼んで無理に付き合わせた形だったから殊更だ。
「あれ?」
 何か、ひっかかる。いくらなんでもあれは過剰反応ではなかろうか。そりゃ確かに照れくささはエリザベータにもあったけれど、あんなにうろたえる事もないと思う。短い付き合いでもないのだし。
 思案にふけるエリザベータへと風が吹きつけ木々を通り抜けていく。折角掃いて集めた花びらが吹き散ってしまいそうな、そんな風だった。

 妙な照れこそその時だけだったが、次もその次も、なんだか奇妙な距離感の僅かな邂逅が続いた。
 これは流石におかしい。真剣にちょっと考えてみる。
 ずっと男所帯で暮らしてたあいつは、こっちがスカート履いただけで遠巻きに声を掛けてくるような、それほどまでに女の子に慣れてない奴だった。
 もしかすると、エリザベータが少しずつ女性の振る舞いを身に付けていっているように、あいつもまた少しずつ女の子に慣れていこうとしている段階だったのでは。
 徐々にどころか一足飛びで女として扱ってくれたのが原因で、スタート地点より前の状態に戻ってしまったとしたら。
「私のせいだ…!」
 さぁっと血の気が引く。そういえば向こうの気持ちとか何にも聞かずにわがままを押し付けてたような気がする。苛立ち混じりの決心に巻き込んで苦手にさせてしまったとしたら、最悪だ。
(ちょっ、ちょっと…! まずは落ち着きなさい、私)
 頭に血が上ったり動転すると思考が一直線になるのがエリザベータの悪い癖だ。ひとまず胸に手をあて深呼吸三回。落ち着いてないけど落ち着いて、もっと深く考えてみよう。
 本人はそんな事一言も言ってない。いやもし原因がエリザベータにあったとして「お前のせいで女苦手になりました」なんて当人に言ったりする奴じゃない。
 でもそうじゃなかったら、あの妙にちぐはぐと気まずい空気はどう説明つけたらいいのだろう。
「……た、確かめないと!」
 例え本人が言いたくない事だとしてもどうにか聞き出して、本当に自分のせいだったら謝らなきゃ。
 もしそうでなくともあの挙動不審さにはきっと何か理由はあるはず。どちらにせよ、ちゃんと話して解決策探さないと。
 会う度ずっとあんな不可解な距離感になるのは嫌だ。
 そう決意した矢先。幼なじみはふっつりと顔を出さなくなった。

作品名:鳥は囀り花実り、:中 作家名:on