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ポロメリア

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アメリカは自主訓練の最中に船の到着の知らせを聞いた。彼のために考案されたのはくたくたになるまで体を酷使するようなメニューだったが、そのぶん終えたあとの達成感は大きかったし、行き場のないものをぶつけるのにも適していた。それで泥だらけのまま、高揚したまま小さかったころのように港まで駆けた。今のアメリカには思い立ってからすぐそれが出来るだけの体力が確かにあった。
埠頭に到着して、たぶん笑顔で見上げたタラップからはちょうどイギリスがゆっくりと降りてくるところだった。取り囲む両国のひとびとの向こう、船旅でくたびれた顔をしているくせにいかにも重たげに煌びやかな正装を身にまとったイギリスをアメリカは見た。話しかけてくるひとりひとりに早くも仕事の顔になって真剣に、しかし鷹揚に答える姿、彼はまだアメリカに気づかない。そうこうするうちにアメリカの心は少しずつ落ち着き、こちらに近づいてくるはずのイギリスがむしろ遠ざかっていくように見えた。
イギリスが来る日まで指折り数えることをアメリカはとっくにやめてしまっていた。日記を見れば数字を出すことは出来ただろうが、する意味も感じられなかった。イギリスは突然やってきて、アメリカの生活に当たり前のように踏み入って、突然また踏み出していく。離れるときには泣きそうな顔もする。そのくせやってくるたびにアメリカをはじめて見るかのように頭から爪先までじっくりと眺める。眺められる側はじっとしているしかない。イギリスの視線が上を向くようになったのはいつからだったっけ?彼はまだこちらを見ない。俺はもうすっかり準備ができているのに。
心臓の代わりに頬あたりの血管が熱を持って脈打ちはじめる。すこし前までの自分の興奮がどうしようもなく幼い、馬鹿馬鹿しいものに思えてくる。アメリカは足許をもつれさせながら踵を返してせめて離れていこうとした。
イギリスの声が背中を追いかけた。
「アメリカ!」
呼ぶ声は突然、ひどくやわらかい。
「何をしているんだ。来ていたんなら早く声をかければよかったのに」
振り向かなくとも分かる、周りの人だかりを抑えながら大股で、けれど走らずにこちらに向かう顔はきっと先ほどの自分以上に輝いていて、アメリカは動けなくなってしまう。
「……うん」
曖昧に頷くとそっと肩を叩かれた。イギリスはやはり笑っている。
「どうしたんだ、お前。腹が減ったのか?」
「別に。……いや、やっぱりすこし空いてるかもしれない」
「じゃあ、とりあえず何か食うか」
靴に視線が落とされる。はじまった、とアメリカは思う。思ってから、今の自分の姿を思い出す。汗は冷えたものの、濡れた綿のシャツはきっとまだ乾いていない。土の上であちこちをぶつけたものだから、ほこりと草の茎だらけになった場所が何箇所かあるはずだ。どこか破れてしまったかもしれない。ずぼんだって運動用のとりわけ適当なもので、足許には勿論履き古した革地のやわらかい靴。イギリスはきっと気に入らない。
案の定彼は眉を顰めて直接アメリカの目を見上げた。
「もうすこしきちんとした格好をしろって、俺はいつも言ってるつもりだが」
(イギリスのいつもは、俺にとっては滅多にない、だよ)
勿論口に出しはしない。アメリカはよくできた少年ーーそれか青年ーーのようにおとなしく沈黙を守る。するとイギリスはひとりでに答えを出してくれる。
「まあ、それだけ動いたんなら腹が減るのも仕方ないだろうな。俺に会うのは急ぐことでもないから、先に着替えてきたほうがよかったと思うが。これも一応、正式な場所なんだぞ?今はいいから、一度その格好をどうにかして来い。昼は会食だ。あとでひとに呼びに行かせるから」
頷く前からもう、イギリスの唇には笑顔が戻っていた。このひとはなにがそんなに嬉しいのだろう。それとも俺も笑うべきなのだろうか。気軽に背中を叩かれ、アメリカは倒れそうなくらい前のめりになりながら走り出した。走りながら振り向くと、イギリスはもうひとの群れに紛れてしまって見えなかった。


*

もしくは決断したことがこの憂鬱さを生み出したのかもしれない。
アメリカにとっては、ひとりでとやっていける、ひとりでやっていくしかないと決めた殆どその瞬間に、お前には無理だと打ちのめされたようなものだった。
彼は自分が思う以上に無知だった。邪推はしたくなかったが、イギリスが目隠しをしていたとしか考えられないような場面がいくつもあった。彼はアメリカのために何人もの教師を雇ったが、国であることはひとつも話しはしなかった。アメリカにとって国であることは死なないで生きていること、ひとりきりでいなければならない時間がなによりも長いことでしかなかった。国になること、イギリスから離れようとすることは、彼の庇護から逃れるための手段でしかなかった。
外についてひとつ知るたび、自分の輪郭に線をひとつ増し、イギリスが見たがった夢、アメリカが知らず知らずのうちに演じていた幻想をひとつ知った。
勿論、今更後戻りなどできないし、そのつもりもない。なのにイギリスの前で今、アメリカはまだ演じようとしている。
一日中気のないそぶりを隠そうともしなかったし隠せなかったアメリカに、イギリスはやがて気遣わしげな影を漂わせるようになった。ふたりが水入らずの夕食の席についたころにそれは彼の口から溢れ出、食事中には、目の前に並んだものがどれだけお互い和やかな軽い会話をするべきだとアメリカに口酸く言い聞かせてきたひととは思えないほど真剣な顔を浮かべていた。
今はもう座高でも追い越されてしまったアメリカを見上げるようにしてイギリスが言う。
「アメリカ、お前、何か悩みがあったら言えよ」
グラスの水を一口含んだあと、わざとらしい苦笑を浮かべて、
「直接過ぎたか?けど、俺たちには時間がないからな」
アメリカは曖昧に頷いた。言うまでもなく、時間がないのはいつだってイギリスだけだ。
「今回はいつまでいられるんだい」
「そうだな、一月は滞在できると思う」
「……!」
「驚いたか」
「うん。……驚いた」
航海にかかる時間も合わせれば、本国をかなりの間不在にすることになってしまう。今自分がいる場所からいなくなるなど考えられないアメリカだったから、しばらくは素直な驚きにさらされていたが、その波が終わってみれば、残されたのは不信感だった。
肉と付け合わせのマッシュポテトを口に詰め込んで沈黙を埋めながらアメリカはなんとか平静を取り戻し、イギリスの思惑を読み取るべく観察しはじめた。
見られているほうはしかしそれこそ平静そのもので、今度はほんとうの咳払いをして、先ほどからすこしも進んでいないローストをつつきながらアメリカに頷きかけてみせる。
「お前が悩んでることとも関連はあるんだ。それに……最近は、お前も軍に混じって鍛えてるらしいな」
「ああ、うん。そうなんだ。体力をつけようと思ってさ」
あらかじめ用意された言い訳に、イギリスは肩を竦め、
「それは、すこし寂しいな」
「寂しい?」
「せっかく俺がいるんだ。もっと頼っていいんだぞ、アメリカ。……俺はお前には、そんな面倒ごとには巻き込まれて欲しくない」
「でもイギリス、俺は別に」
作品名:ポロメリア 作家名:しもてぃ