お姫様は夢を見る
「ねぇ、ここでするの…?」
「布団敷くの面倒臭ぇし、いいだろ」
陽毬の柔らかな香りに包まれて、僕は今まさに冠葉に抱かれる。
これがどれ程居た堪れなく辛い事か、冠葉には手に取るように分かるだろう。
やっぱり、兄は僕を苛める事に生き甲斐を感じているらしい。
(意地が悪い事なんてわかってたけど)
次々と剥ぎ取られていく衣服が、あちこちに散らばっていく様をぼんやりと眺めながら僕は思う。
きっと、これを受け入れられるのは僕だけだ。
これは、誰も、陽毬でさえも踏み込む事の出来ない禁断の領域。
いつもこの瞬間だけほんの少しの優越感を覚えては、僕の糧になっていくんだ。
「ぃ…っ、た…!ん…っぁ、あ、っ」
冠葉が乱暴に僕を貫いていく。痛い、怖い、苦しい、嬉しい。
(なんだろ、荻野目くんに対する気持ちと同じじゃなくて、違う、もっともっと大きくて、難解で、名前なんてつけられなくて)
それは、ぼんやりと霞んだままでいい。
僕は一生知る事のない想いを閉じ込めて、大きな音で啼いた。
◇
「…ま、しょーま」
「んー…?あにき?」
何時の間に寝入っていたのだろう。
焦点が覚束ないまま声のする方へ瞳を合わせる。
「飯出来たぞ」
「あぁ…うん、そっか、まだ食べてなかったんだっけ」
意識が途切れる前を思い出して、僕はゆっくりと身体を起こす。
まだぼんやりと頼りなさげに動く僕に、冠葉が苦笑いして手を差し伸べる。
躊躇なくその手を取ると、そのまま腕の中に収められて息が苦しい。
「…冠葉、お腹空いた」
「ああ、悪い」
くいっと弱々しく腕を引くと、優しく微笑まれて擽ったくなる。
頬を慈しむように撫でたかと思うと、一つ啄ばむようなキスを送られて少しだけ瞼を落とす。
「…何かしょっぱいんだけど」
唇に残された味に眉を顰めると、冠葉も同じように少しだけ難しい顔をする。
「ああ、味噌汁の味付け濃すぎたか?」
やっぱお前みたいに美味く出来ねぇな、とまた笑う。
髪を撫でる手は、ただの妹に対する手付きなんかじゃなくて、僕に繋がれた糸がまた一つ絡め取られる。
そうやって優しくしたりなんかするから、僕は逃げられないんだよ。
(ううん、逃げるつもりはないけど)
恐らく冠葉が着せてくれたであろう私服の乱れを少しだけ整えて、僕は夢から醒める。
そして、冠葉が抱える不安定な気持ちと同じ想いを抱えて、僕は何時もの様にわらうのだ。