お姫様は夢を見る
「ぁ、ん…っ、かんばぁ、あ…っ」
弄る掌は悪戯に動いて僕の身体を攻め立てる。
何時だって意地悪で、僕は翻弄されるばかりで。
悔しいと感じたのは少しの間で、後はもう何も感じなくなってしまった。
感情の麻痺。僕は欠陥品だから。
ぎゅっと目を瞑れば、崩れ落ちそうな僕を支える腕が荻野目くんのそれと重なって、淡い幻想を僕に与える。
他人の温もりに涙する事などあの瞬間まで知りもしなかった。
ふんわりと、優しく僕を包み込んでくれた荻野目くん。
大事にされているのが分かって、少し怖かった。
これが俗に言う、恋と言うものなのだろうか。分からない。
欠如した感情が与える影響は、思っているよりも多大なのかもしれない。
「こっち見ろよ、何も考えるな」
飛ばした意識を引き戻すように、冠葉が云う。
両頬を抑え込まれたかと思うと、勢い良くぶつけられる唇。
何もかも奪い去られそうな熱い口付は、もう何度も繰り返された目を背けたい事実。
繋がれた絆は偽物だけれど、それでも世間では禁忌に当たる事だと分かっているから、尚更後ろめたくなる。
(どうして、僕たちは兄妹になったんだっけ)
荒いキスを繰り返される中で、ある日突然親に告げられた言葉が木霊する。
今日からお前の兄だと、そう言われても、幼い僕にはすんなりと呑み込めるものではなく。
ぼんやりと共に過ごしていく日々の中で忘れかけていた疑念は、彼とまぐわうその時だけ確かなものとなって僕を躊躇させる。
『逃げられない』と、そう告げられる時に、いつもぼんやりと掠めていく何か。
それを僕はきっと、失くしてしまったんだ。だから、思い出せない。
「ゃ、冠葉、くるし、ぃん…っよ、」
流石に呼吸が儘ならなくて、僕は力の抜け切った身体でどうにか突っ撥ねる。
冠葉もそれは同じだったらしく、僕たちの間で荒い音だけが漏れて互いの耳を甘く刺激する。
痛いくらいに濡れそぼった唇が、妖しく嗤って僕を捉えた。
「荻野目にも抱かせるのか?」
兄貴の言葉はいつも突然だ。
慣れてはいるけれど、どうにもその台詞だけは許せなかった。
「そんな、こと、しない…っ出来るわけないだろ…!」
兄の為に開かれた身体を、誰が快く受け入れてくれるだろう。
例えそれを笑顔で受け止めてくれた所で、崩れ落ちるのは時間の問題だ。
欺瞞に満ちた形は要らない、もう必要ないんだ。
「ふーん…ま、どうでもいいけど」
ギラリと一瞬光を放った瞳がふっと揺れて、僕の視界から消えた。
そして、また唇が下降していく。と同時に冠葉の男を思わせる指が器用に釦を解いて、彼曰く色気の無い幼稚な下着が曝される。
そのまま暴く様にその中に手を這わせ、軽く愛撫を繰り返される。
力が抜けてがくりと折れた膝に、冠葉の腕が咄嗟に腰に宛がわれてぴりっと電流が走った。
揺れた空気を通して鼻を掠めていく匂いに、まだ知らされていない作りかけの夕飯のメニューが頭を過ぎる。
思っていた通り冠葉の好物であるロールキャベツが目の端に映り、ああやっぱり、なんてぼんやり考えながら腕を引かれていく。
自分たちの寝室兼居間である和室を通り抜け、軽く肩を押された先は陽毬愛用のベッド。
僕たちの最愛の妹である彼女の為だけに誂えた大きなそれに放り出されて、僕の瞳が宙を彷徨う。
ここに居ると、まるで本当のお姫様になったようで、少しだけ陽毬が羨ましくなった。