GIFT
「おはようございます、旦那さま」
朝起きたら、プレゼントの山が、枕元にあった。
ここはトランシー家の寝室で、オレは起きぬけに現れたプレゼントの山にちょっと驚いていた。
赤、青、黄色…、色とりどりの包装紙に包まれたプレゼントは、すべてきれいにリボンがかけてある。
いくつあるんだろう。かぞえてないけど、10個や20個じゃない。
大きさも、バランスも考えてピラミッド型に積まれたプレゼントの山は、オレの背たけくらいあった。
「どうしたの?これ」
オレはプレゼントの山を見ながら、目の前の執事にたずねた。
クロード・フォースタス。眼鏡と黒い燕尾服が目じるしの、背の高い執事。
「どなたかが、旦那さまのためにご用意したのでしょう。これが一番上に置いてありました」
そう言って、白い封筒を差し出す。
中を開けると、二つ折りになったカードが入っていた。白い、バースデーカード。
『お誕生日おめでとうございます、旦那さま』とだけ書いてある。贈り主の名前はない。
思い出した、そういえば、今日はオレの誕生日だ。
それじゃあこれは、オレあての誕生日プレゼントなのかな。
赤、青、黄色…。カラフルなプレゼントの山は、意外とどの色もお互いになじんでいて、バランスよく積んである。
ハンナかな…、このひかえめなんだけど、てんこ盛りな感じは。
オレの頭の中に、もくもくと山のようなプレゼントにリボンをかけている、ハンナと三つ子の姿が浮かんで、思わずくすりと笑ってしまった。
うまく言えないんだけど、誕生日とかクリスマスとかを、クソまじめに大事にする彼女の感覚が、ちょとおかしくて、そのくせ実はかなりうれしかった。
「……?」
となりの執事が、ちょっとびっくりしたように、オレの顔をのぞきこむ。
「ああ、いや、何でもないよ。ただ…」
「ただ…?」
「クリスマスじゃないのになぁ、と思ってさ」
せっかく、こんなにたくさんプレゼントを用意してもらって、悪いんだけどさ。
1個でいいから、直接わたしてほしかったな、と思った。
まぁ、あいつは悪魔なんだから、そんなの無理かぁ、とも思うけど。
これじゃあ、お礼の言いようもないよ。
とりあえず、プレゼントの山は誰が贈ったのかわからないので、そのままにしておくことにした。
寝室を出て、廊下を歩いていると、ルカとハンナがこちらに向かってくるのが見えた。ルカが、オレを見つけて走りだす。
「おにい、お誕生日、おめでとう!」
赤いくせっ毛をゆらしながら、ルカがオレの胸元に飛びこんでくる。
「ありがとう、ルカ。でもその前におはよう、じゃないのか」
「そうだった!、うふふ」
ルカは笑って、オレにくるくると丸めた紙の筒を手渡した。赤いリボンのかかった、白い画用紙。中に何か描いてあるらしく、筒の内側に絵の一部が見えた。
「はい、これ、お誕生日プレゼント」
「…えっ、オレに?」
あんなに直接わたしてほしいと、思っていたのに、
いざ、こんな風に面と向かってプレゼントをもらうと、なんかとまどってしまう。
あのプレゼントの山の贈り主が、直接プレゼントを渡せないわけが、わかる気がした。
こういうの、お互い慣れていないんだな…。
「ねぇ、何が描いてあると思う?」
ルカがオレにたずねる。おれは丸まった紙をそっと開いて中の絵を見た。
「何だろう…、ああ」
ルカが描いてくれたのは、オレだった。
4歳の子供が描いた絵だから、かなり単純な絵だ。大きな円のなかに小さな円や三角形が描いてある、それが目、鼻、口だ。線はよれよれだし、ところどころかなり大胆に色がはみ出てる。
でも、なんでだろう。不思議とオレに似ていた。薄いベージュ色の円の中に、青い円がふたつ、おそらく眼だろう。左右の大きさも位置もばらばらだ。その下に、小さな三角形。おそらく鼻だろう。これも右に傾いている。それから、その下に半円形の口。いっしょうけんめい、何度も描いたのだろう、線が二重、三重に重なってそこだけが濃く、くっきりと強調されている。その表情が、
笑ってるんだ。
うれしそうに、楽しそうに笑うオレの顔。
「ありがとう…、ルカ」
今度は素直に言えた。
「オレのこと描いてくれて…、すごく似てるし、すごくうれしそうに笑ってる。オレは、この絵が好きだな」
「わぁい、おにいにほめられちゃった~」
ルカが笑う。顔だけじゃなく、体ぜんぶで笑う、見てるこっちまでうれしくなってくる満面の笑顔で。
「わーい、わーい、しゅたたぁ~っ!」
ルカはそういって、うれしそうに廊下のむこうのほうまで、かけていった。
「今日はずいぶん、ご機嫌がよろしいんですね」
オレの後ろをついてくるクロードが、そう言った。
あいかわらず、無表情で何を考えているのか分からない。
「ああ、うん」
だから何て答えたらいいか、分からないことも多い。
「…なぁ」
ふと思いついて、足を止めてふり向いた。
「今朝、枕元にあったプレゼントの山って、もしかしておまえがくれたの?」
そういえば、こいつには聞いてなかったな、と思った。
朝起きたときは、これをくれたのはハンナだ、と思ったけど、本人に確かめたわけじゃないから、本当はまだ分からない。
「だったら、どうなさいます?」
「何だよそれ」
そうだった、こいつが、まともに答えるはずがない。
クロードは、いつだってずるい。
いちばん大事なことは、いつだってはぐらかす。
…答えになってないよ、そう言いたかったのに。
何も言えないまま、目をそらして、オレはまた歩きだした。
さっきも、ハンナに会ったらプレゼントのことを聞こうと思っていたのに、ルカの思いがけないプレゼントにびっくりして、うれしくて、なんだかそのことで胸がいっぱいになって、聞くのを忘れてしまった。
なんというか、彼岸に来てから、どうも調子がおかしい。
こんな風に聞きそびれたり、言いそびれたりすることが増えた気がする。
トランシー家の当主ともあろう者が、こんなことでいいのだろうか…?
…まぁ、でも、オレはクロードに拾われた、のら犬なんだけどね。
オレはクロードに拾われたことも、クロードに初めて会った日のことも覚えてる。
村のやつらのおう吐物を見るような眼でも、ジジイの欲にただれた眼でもない
オレだけを求める眼…。
クロードは、どうなんだろう。
初めて会った日のこと、ちゃんと覚えてる?
どうしておまえは、ここにいるの?
別に、誕生日プレゼントが欲しいわけじゃないんだ。
ただ、知りたいだけ。
ルカがオレにくれた誕生日プレゼント。
笑ってる、オレの絵。
オレだって、いつもいつもルカの前で笑ってるわけじゃない。
でも、ルカはオレの笑ってる絵を描いてくれた。
ルカの眼には、オレはこんな風に映っているのかな。
…じゃあ、
クロードの眼には、オレはどう映ってるんだろう?
今朝、枕元に突然あらわれた、贈り主の分からないなぞの誕生日プレゼントから、ずいぶん話が飛んでしまった。
今度こそ、ハンナをつかまえて聞いてみよう。
朝起きたら、プレゼントの山が、枕元にあった。
ここはトランシー家の寝室で、オレは起きぬけに現れたプレゼントの山にちょっと驚いていた。
赤、青、黄色…、色とりどりの包装紙に包まれたプレゼントは、すべてきれいにリボンがかけてある。
いくつあるんだろう。かぞえてないけど、10個や20個じゃない。
大きさも、バランスも考えてピラミッド型に積まれたプレゼントの山は、オレの背たけくらいあった。
「どうしたの?これ」
オレはプレゼントの山を見ながら、目の前の執事にたずねた。
クロード・フォースタス。眼鏡と黒い燕尾服が目じるしの、背の高い執事。
「どなたかが、旦那さまのためにご用意したのでしょう。これが一番上に置いてありました」
そう言って、白い封筒を差し出す。
中を開けると、二つ折りになったカードが入っていた。白い、バースデーカード。
『お誕生日おめでとうございます、旦那さま』とだけ書いてある。贈り主の名前はない。
思い出した、そういえば、今日はオレの誕生日だ。
それじゃあこれは、オレあての誕生日プレゼントなのかな。
赤、青、黄色…。カラフルなプレゼントの山は、意外とどの色もお互いになじんでいて、バランスよく積んである。
ハンナかな…、このひかえめなんだけど、てんこ盛りな感じは。
オレの頭の中に、もくもくと山のようなプレゼントにリボンをかけている、ハンナと三つ子の姿が浮かんで、思わずくすりと笑ってしまった。
うまく言えないんだけど、誕生日とかクリスマスとかを、クソまじめに大事にする彼女の感覚が、ちょとおかしくて、そのくせ実はかなりうれしかった。
「……?」
となりの執事が、ちょっとびっくりしたように、オレの顔をのぞきこむ。
「ああ、いや、何でもないよ。ただ…」
「ただ…?」
「クリスマスじゃないのになぁ、と思ってさ」
せっかく、こんなにたくさんプレゼントを用意してもらって、悪いんだけどさ。
1個でいいから、直接わたしてほしかったな、と思った。
まぁ、あいつは悪魔なんだから、そんなの無理かぁ、とも思うけど。
これじゃあ、お礼の言いようもないよ。
とりあえず、プレゼントの山は誰が贈ったのかわからないので、そのままにしておくことにした。
寝室を出て、廊下を歩いていると、ルカとハンナがこちらに向かってくるのが見えた。ルカが、オレを見つけて走りだす。
「おにい、お誕生日、おめでとう!」
赤いくせっ毛をゆらしながら、ルカがオレの胸元に飛びこんでくる。
「ありがとう、ルカ。でもその前におはよう、じゃないのか」
「そうだった!、うふふ」
ルカは笑って、オレにくるくると丸めた紙の筒を手渡した。赤いリボンのかかった、白い画用紙。中に何か描いてあるらしく、筒の内側に絵の一部が見えた。
「はい、これ、お誕生日プレゼント」
「…えっ、オレに?」
あんなに直接わたしてほしいと、思っていたのに、
いざ、こんな風に面と向かってプレゼントをもらうと、なんかとまどってしまう。
あのプレゼントの山の贈り主が、直接プレゼントを渡せないわけが、わかる気がした。
こういうの、お互い慣れていないんだな…。
「ねぇ、何が描いてあると思う?」
ルカがオレにたずねる。おれは丸まった紙をそっと開いて中の絵を見た。
「何だろう…、ああ」
ルカが描いてくれたのは、オレだった。
4歳の子供が描いた絵だから、かなり単純な絵だ。大きな円のなかに小さな円や三角形が描いてある、それが目、鼻、口だ。線はよれよれだし、ところどころかなり大胆に色がはみ出てる。
でも、なんでだろう。不思議とオレに似ていた。薄いベージュ色の円の中に、青い円がふたつ、おそらく眼だろう。左右の大きさも位置もばらばらだ。その下に、小さな三角形。おそらく鼻だろう。これも右に傾いている。それから、その下に半円形の口。いっしょうけんめい、何度も描いたのだろう、線が二重、三重に重なってそこだけが濃く、くっきりと強調されている。その表情が、
笑ってるんだ。
うれしそうに、楽しそうに笑うオレの顔。
「ありがとう…、ルカ」
今度は素直に言えた。
「オレのこと描いてくれて…、すごく似てるし、すごくうれしそうに笑ってる。オレは、この絵が好きだな」
「わぁい、おにいにほめられちゃった~」
ルカが笑う。顔だけじゃなく、体ぜんぶで笑う、見てるこっちまでうれしくなってくる満面の笑顔で。
「わーい、わーい、しゅたたぁ~っ!」
ルカはそういって、うれしそうに廊下のむこうのほうまで、かけていった。
「今日はずいぶん、ご機嫌がよろしいんですね」
オレの後ろをついてくるクロードが、そう言った。
あいかわらず、無表情で何を考えているのか分からない。
「ああ、うん」
だから何て答えたらいいか、分からないことも多い。
「…なぁ」
ふと思いついて、足を止めてふり向いた。
「今朝、枕元にあったプレゼントの山って、もしかしておまえがくれたの?」
そういえば、こいつには聞いてなかったな、と思った。
朝起きたときは、これをくれたのはハンナだ、と思ったけど、本人に確かめたわけじゃないから、本当はまだ分からない。
「だったら、どうなさいます?」
「何だよそれ」
そうだった、こいつが、まともに答えるはずがない。
クロードは、いつだってずるい。
いちばん大事なことは、いつだってはぐらかす。
…答えになってないよ、そう言いたかったのに。
何も言えないまま、目をそらして、オレはまた歩きだした。
さっきも、ハンナに会ったらプレゼントのことを聞こうと思っていたのに、ルカの思いがけないプレゼントにびっくりして、うれしくて、なんだかそのことで胸がいっぱいになって、聞くのを忘れてしまった。
なんというか、彼岸に来てから、どうも調子がおかしい。
こんな風に聞きそびれたり、言いそびれたりすることが増えた気がする。
トランシー家の当主ともあろう者が、こんなことでいいのだろうか…?
…まぁ、でも、オレはクロードに拾われた、のら犬なんだけどね。
オレはクロードに拾われたことも、クロードに初めて会った日のことも覚えてる。
村のやつらのおう吐物を見るような眼でも、ジジイの欲にただれた眼でもない
オレだけを求める眼…。
クロードは、どうなんだろう。
初めて会った日のこと、ちゃんと覚えてる?
どうしておまえは、ここにいるの?
別に、誕生日プレゼントが欲しいわけじゃないんだ。
ただ、知りたいだけ。
ルカがオレにくれた誕生日プレゼント。
笑ってる、オレの絵。
オレだって、いつもいつもルカの前で笑ってるわけじゃない。
でも、ルカはオレの笑ってる絵を描いてくれた。
ルカの眼には、オレはこんな風に映っているのかな。
…じゃあ、
クロードの眼には、オレはどう映ってるんだろう?
今朝、枕元に突然あらわれた、贈り主の分からないなぞの誕生日プレゼントから、ずいぶん話が飛んでしまった。
今度こそ、ハンナをつかまえて聞いてみよう。