GIFT
背伸びして、クロードの顔にオレの頬をよせる。頬にかかる息が熱い。
目と目が合う、ねぇクロード、オレの欲しいものが分かる?
言いかけた唇を唇でふさがれる。オレは静かに目を閉じる。
唇を吸われて、閉じたまぶたの裏で世界がまわる。糊のきいた執事服のにおい。
クロードの手がオレの手に重なる、いつも少しひんやりとした大きな手。その手がスライドしてオレの手のなかの蝶を奪い、そばにある机の上に置いた。コトリ、という静かな音が部屋の中にひびく。
クロードが蝶を置く動きに気をとられてる間も、キスは続いていた。クロードの舌が、オレの舌を吸いあげていく。
「ん…っ」
いちどでも意識してしまうと、そこばかりが気になって、熱がこもる。唇の内側が、そこだけ熱い。
ちゅっと、唇のはしで何かを啜りあげるような音がひびく。耳の中に音がこもった。
からっぽになった手をつかまれて引きよせられる。クロードの腕の中にすっぽりとおさまる。大きなクロードの手と肩と胸。そういえば前に大きさがちょうどいい、と言われたことがある。それって執事の言うことかなぁ、とも思ったけど、クロードがこの大きさがいいというなら、それでいいような気もする。
永遠に成長することのない、この彼岸で。
クロードもずい分変わっちゃったけど、オレもずいぶん、やわになっちゃったなぁ、と思う。
「…はぁ」
唇と唇がはなれる。クロードはオレと目を合わせようとしない。うつむいて、そっぽむいたまま、オレの頬に自分の頬をすりよせてくる。でっかい図体で、ときどき子供みたいなことをする。抱きしめているのか、抱きしめられているのか、よく分からないけど、分からないままでいいや。
ずっと、このままでいたい。クロードの腕の中で。
「行かないで…」
そんなこと、言うつもりなんかなかったのに。
泣きごとみたいに聞えなきゃいいけど。
「……」
オレを抱きしめる、クロードの手に力がこもる。
もう一度、眼を閉じる。
このまま、ずっと…。
…どれくらい、時間がたっただろう?
クロードに抱きしめられたまま、オレはうとうとしていたらしい。
気をきかせたつもりのクロードが、オレをお姫様だっこで寝室に運ぼうとしていることに気づき、『昼寝なんかしない!』と叱りとばしたところだった。
昼寝って…、子供じゃないんだから。
ぷりぷり怒りながら廊下を歩いてたら、ルカとハンナの姿が見えた。
「…あっ、おにぃ、いたいた!」
満面の笑みをうかべたルカが、長い廊下をかけてくる。
「さがしたんだよー。おにい今日、おたんじょう日でしょう?
だからボク、ハンナといっしょにおにぃのおたんじょう祝いのかざりつけ、やったんだ?」
「おたんじょう祝い…?」
「うん、ボクね、いつかおにぃに会えたら、おたんじょう日おめでとうって言ってあげるってきめてたの」
ハンナがなかなか見つからなかったのって、だからか?
「…たんじょう日プレゼントなら、さっきもらったよ」
「うん、さっきのはプレゼント、こんどはパーティー。ねぇ、はずかしがらずにちゃんときいてね」
「……」
「おたんじょう日おめでとう、おにぃ」
「…ありがとう」
オレが彼岸へ来て、少し変わったのは、ルカがいるからかもしれない。
ルカがいて、ハンナがいて、三つ子たちがいて、…クロードがいて。
「ありがとう」
こんどはハンナと、いつのまにか廊下にあつまった三つ子たちに向けて言った。
「……」
「……」
「……」
そんな気はしてたんだけど、あいかわらず無反応。まぁ、ここでうれし泣きされても、オレも困っちゃうけどね。
あいつら、本当にうれしいときは固まっちゃうみたいなんだ。しようがねぇなぁ…、まぁ、オレもあまり人のことは言えないけど。
…で、
オレはクロードのほうをふり返る。
「クロードは知ってたの?」
こちらもあいかわらずの無表情。いつものいつもの直立不動。
――おまえ、本当にウソつくのが下手だね。
まぁいいや、せっかくお祝いしてくれるんだから。
オレは頭を切りかえた。どうやって、このクソ執事に『おたんじょう日おめでとうございます♪ハッピーバースデートゥーユー』を歌わせてやろうか。
お楽しみはこれからだ。
ありがたく、聞いてやろうじゃないの。
オレはクロードの前を歩き出した。トランシー家のみんなが飾りつけしてくれた、メインダイニングを目指して。
<END>