世界樹の巨乳ハンター
世界樹の巨乳ハンター
穏やかな春の日差しの中、一人の少女が緊張の面持ちでたたずんでいた。女性物のレザーアーマーを身に付け、その身に似合わぬ戦斧を携えた姿から、おそらくは彼女が世界樹を相手にしている冒険者――特に、ソードマンと呼ばれる前衛職であろうことが予測される。
実際、彼女の前には厳しく閉ざされた門があった。隔世(せかいじゅ)と、現世(まち)を隔てるための門だ。幾多の冒険者たちが、富と栄誉を求め、かの門の向うに消えた。あるものは、富と権力への手掛かりをつかみ戻ってきた。だがそれ以上に多くのものは、何かをなくし戻って――もしくは、二度と戻ってこなかった。
彼女もまた、その門の向こうへと足を踏み入れようというのだろうか? たった一人とは、いくらなんでも無謀ではないか。だが。 しばし後、少女の表情が輝いた。冒険者であるか否かにかかわらず、それはもっとも少女たちを輝かせる表情だった。
彼女の視線の先には、ついさっき世界樹から帰還した冒険者の一団がいる。ソードマンの少女は小走りに駆け寄った。ほのかに上気した顔で、彼らに声をかける。怪訝そうな彼らを前に、大きく息をすいこんで、高らかに、そして一息に言った。
「あの! カッコいいアルケミスト(黒)さん! わたしとおつきあいしてください!」
「ごめんなさい、おつきあいはできません」
間髪いれず、にべもない拒否に、時間が止まった。え、と。ほんの少し青ざめた少女の唇が動く。さらに容赦ない追い討ちがかかる。
「僕は、胸の小さな女性は嫌いなんです!」 すでに用は済んだということだろうか。少女に名指しされたアルケミストは、すたすたと彼女の横をすぎ、街へと向かう。同じギルドらしきダークハンターの女性(巨乳)の腰に手をまわしながらだった。
とても端的なアルケミストの言葉に、少女はただ呆然と立ちすくんでいた。すでにつきあっている人がいる、好きな相手がいる、君のことをよく知らない。いろいろと予測しうる理由はあるだろう。だが。これほどまでに完膚なき、言い訳できない、動かしようのないそれがあるだろうか?
確かに、立ち去ったアルケミストの言うとおり、少女の胸の大きさは、控えめに言って控えめだった。外見以上にそうだった。実のところ、その身にまとった女性物のレザーアーマーの下に、微妙な空洞すら存在するのだ。もっとも、それは彼女の年を考えれば無理からぬことである。未だ彼女の身体は発展の途上にあり、胸や尻の大きさはこれからいくらでも変化しうるのだ。 まるで、石化攻撃を受けたかのように、彼女は動かなくなった。
ええと、と。その騒ぎを目の当たりにしていた通りすがりのソードマンらしき少年が、行っていいのかなとばかりに辺りをうかがっていた。ここは公道なのだから、誰が通行しても文句を言われる筋合いはないだろう。だが、だとしても。先ほどの騒ぎは、なんとなくそこを通りたくないと思わせるに十分な代物だった。
やがて意を決したらしい。誰にともなく愛想笑いを浮かべると、彼は世界樹へと足を向ける。そして。
「そりゃーやっぱ、ふかふかの柔らかいおっぱいって重要だからしょーがないんじゃね?」
「黙れ童貞。経験もないくせに抜かすな」
もしかすると、彼は彼なりに慰めを口にしていたのかもしれない。だが、瞬間。彼の言葉を攻撃とみなした少女による、ソードマンお家芸のカウンターが炸裂する! 適当なことを言うな知ってるのかと、地に伏した負け犬が吠える。もっとも、彼女の言葉が事実であったとして、彼がそれを恥じるべき年齢かどうかは議論の余地があるのだが。少女はずかずかと街へと向かった。低く不穏な笑い声が漏れている。道ゆく人々は、ただ遠巻きにその姿を見送った。
*
とうに太陽は沈んでいて、思いのほか冷たい風に人々が季節の移り変わりを感じるそんな時間だった。
昼夜を問わず、ケガ人病人を受け入れている施薬院とて、いつもフルメンバーがつめているわけではない。その日の勤務を終わり、家路を辿ろうとした一人の職員は、施薬院主(あるじ)の不審な動きに気づき、声をかけた。
「あれ、先生、どうなさったんですか?」 その声に必要以上にびくりと身を震わせると、ロマンスグレーはああいやと笑った。
「いや、ちょっとした探しものだ。ああ、今日もご苦労様」
お手伝いしましょうかと羽織りかけたコートを脱ごうとする彼に、院長はいやいやと両手をふってみせた。むしろ、職員を追い返そうとするかのようだった。
「大丈夫、大丈夫。ただのプライベートなメモ、そう、メモが見つからないだけだから」
君は帰るところだったのだろう。この仕事は休養も立派な職務だといつものきさくな笑みを浮かべる院長に、職員はしかしと眉を寄せる。施薬院の仕事に関するものじゃあないから、と。さらに言い募る院長に、しばし職員は不審げな視線を向けていた。だが、やがてそれならとコートを着なおす。「それでは、お先に失礼します」
ああまた明日、と。いつものように挨拶を交わした後、職員が施薬院を出て行く。笑みを張り付かせ、その姿を見送った後、院長は再度自らのデスクに向き直った。そして、一番下から順番に引き出しを引き抜きはじめる。
「おっかしいなー、確かにここに入れておいたはずなんだが」
エトリア乳くらべ(極秘)はどこにいったんだ、と。そう言って、彼は引き出しを抜いた奥を確認する。引き出しから出したおぼえはないが、どこか別の場所にしまっただろうか? 頭をひねり、薬品棚やカルテ棚をも確認した。だが。彼が求めるものはいっかな姿をあらわそうとはしなかった。
*
施薬院院長が背中を丸めて不穏な探し物をしていた頃、心地良い疲れと酔いに身を任せ、ダークハンターの女性と少女が連れ立って通りを歩いていた。今日の仕事も守備よく完了、あとは明日のためのお手入れを念入りに行い、ふかふかのベッドで眠りにつくだけ。そんなご機嫌な帰路をぶちこわしたのは、近所迷惑も顧みぬあやしい高笑いだった。「ひゅーほほほほほほほほほほ」
ダークハンターとしても、冒険者としても、変人や変態の一匹や二匹、いまさら語り草にするほどのこともない彼女たちだ。必要だったのは、横目で連れの表情を確認するだけのわずかな時間だった。うなずきあう時間すら省略し、彼女たちは、アレな存在への最も正しい対処を実践――つまり、何一つ関心があるそぶりを見せずにただ足を早めた。
満月を背に、通りの民家のうえで高笑いしていた不審者は、軽やかな身のこなしで通りに降り立った。ちょうど、二人連れのゆく手をさえぎる形だった。
作品名:世界樹の巨乳ハンター 作家名:東明