粉雪
わずかに首を傾げるようにして、ロイは笑いかけた。すると、エドもぎこちなくではあったが笑うような表情を浮かべた。出会った日、別れた時と同じ寂しげな顔だった。
「探したよ」
短く告げれば、ある程度の距離まで近づいてきて立ち止まったエドが困ったように眉根を寄せる。
「皆には内緒だが…」
ロイは肩をすくめて、子供っぽく笑った。
「君に会いたくて、私は革命を起こしたようなものなんだ」
この告白に、綺麗な金色をした大きな目が見開かれた。そして、ぐしゃり、とその顔がゆがむ。
「…ばかか、あんた…」
「私もそう思う」
隙だらけのロイの間合いに、しかしエドは踏み込んで来ようとはしなかった。
「…君は、大総統に殉じるつもりなのか?」
不意に笑みを消して問いかければ、一瞬目を瞠った後、少年は曖昧に笑った。
頬がこけた、とロイは痛ましく思った。
たったの三日。そんな短い間しか一緒にいなかったが、印象は強く鮮明で、片時も忘れたことがなかった。恋に落ちるのに時間は問題ではないと、彼を相手に初めて知った。
笑って欲しいと思った。
「…オレ、…」
ロイはとうとう立ち上がり、ただなすすべもなく立ちすくんでいるように見える少年の肩を抱き寄せた。エドは逆らわなかった。
自分は彼を恋い慕ってきたが、彼が自分をどう思っているのかは知らない。あの日どうして自分の腕の中に落ちてきたのかもわからない。こうして距離をつめることは簡単なのに、心の中だけはどうやったって覗き込むことは出来ないのだ。それがもどかしくて、苦しくてたまらなかった。
こんな苦しい恋はきっと一生に一度だけだろうと思った。
「………いい。もう、いいんだ…全部、…もう…」
かすれた声が聞こえてきて、震える手がロイの背中に回った。
誘われるように、誘い込むように唇を引き寄せた。
「…ン…」
鼻にかかったような声が可愛いとロイは思った。
一枚一枚衣服をはぎ落としていって、エドは相手の体に二年前はなかったいくつもの傷を見、そしてロイはやはり二年前にはなかったものをエドの身の上に見つけて目をむいた。
「な…」
胸の中央に、いっそ醜怪な様子で盛り上がった肉瘤。そのさらに只中、まるで胸の中身を抉ったように姿をのぞかせていたのは、赤く、半透明に光る石だった。
「…賢者の石、だよ」
ぽつりとエドが言った言葉に、瞬間ロイの頭が真っ白になる。
絶句して少年の顔を覗き込めば、彼は顔を歪めて、泣き出しそうなひどい顔をした。
「…オレは、これを手に入れるために大総統と契約してた…」
「どういう…」
「これを手に入れて、…弟を取り戻すつもりだったんだ…」
不意にロイの背筋が震えた。
「――でも、だまされた。…確かにオレはこれを手に入れたけど…こんな風にされたら使えっこない…」
エドは、声も出せないでいるロイの手を握り、そっと自分の胸につけさせた。鼓動のようなものが微弱に伝わってきた。
「賢者の石を核に、ホムンクルスは作られる。…今のオレもそうなんだ」
囁きといっていいほど小さな声だったが、ロイの思考を止めるのには十分すぎるほどだった。
「…核の基になった練成陣はたぶんそろそろ効力を失くす」
「なに…」
「オレはもうおしまい。ずっと頑張ってたけど…もう、終わりだ」
エドは目を細めて小さく笑った。
「最後に、あんたに…ロイに、会いたいって思ったんだ」
たった三日しか一緒にいなかったのに、変だって思うよな、と少年は苦笑して、それからこう告げた。ロイは自分が泣くのではないかと思った。
「でも、ロイに会いたかった。あんたの手が一番優しかった。…好きだったよ」
夜半から雪が本格的になってきて、革命なって二日目の朝も外は白い世界だった。ずっと降っていて日が出ることはないが、それでも時刻が朝になれば外は幾分明るかった。雲の上の世界では太陽が光を放っているのだろう。重い雲の上では。
「…エド?」
結局長椅子の上で夜を過ごした革命の英雄は、同じ毛布に包まる人に囁いた。返事はなかったが、かまわず抱き寄せた。とっくに薬は切れていて、肩が鈍く痛んだが、気にも留めず抱き寄せる。体温がないように冷たい体だった。もうあの日のように毛布をありったけかき集めても暖めることは出来ないのだろう。最後に残った自分の熱だけでどこまでその冷たさを解くことが出来るのかは心もとなかったが、それでも、胸に抱き寄せ額に唇を寄せた。
「…眠ってしまったのかい?」
――その日も外では雪が降っていた。