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Ecarlate

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「うん?」
「それを考えると別に、大佐って雨の日でも使える人なんだね」
「……まあそういうことになるんじゃないか」
「ふーん…そうだよね、あ、なんかスッキリ」
「は?なんで」
 弟の感想に、兄は小首を傾げた。
「だってさ、なんか納得いかなかったんだよね」
「なにがだよ」
「うん、だってね、…雨の日無能ってさ、…ああなるほどって思ったけど、でも、どっかで引っかかってたんだ。ほんとにそうかなって。ああでもやっぱり、そうだよねぇ」
 そうかそうか、と繰り返す弟に、兄は複雑な視線を向けた。
「…なんでおまえ、大佐にそんなに関心があるんだ…」
 そしてぽつりと呟いたわけだが、この発言に、弟は呆れたように溜息をつきこう言ったのである。
「―――大佐に関心があるのは、ボクじゃなくて兄さんだろ?」
「は?」
「大佐の錬成が怪しいなんて、ボク思わなかったもん。言われてみれば確かに可能性は高いかなあ、とは思ったけど」
「…そうか?」
 最初からロイを疑っていたエドワードは、心なし居心地悪そうに首をひねる。それには、そうだよ、という肯定の返事がある。
「大体、そしたら、いつも最初に明かりを落とす銃撃の、銃弾はどう説明するんだよ。その頃はいくらなんでも、大佐だって軍には入ってないんじゃない?士官学校もまだのような気がするけど…」
「でも、『協力者がいた』んだろ?」
 先ほどアルフォンスが口にしたことを繰り返し、エドワードは引かない。
「それにしたって、軍人に協力者が居たらそれもそれで変だよ。…ボクは、それより何より、なんで今回わざわざエカルラートの名前が騒がれてるかってことの方が気になるよ」
「…なんで、…今回?」
「そう。…もう、とりあえず話をそっちに移すけどさ。…この手の事件て、こう言ってはなんだけど、そんなに珍しくないと思うよ。だけど、怪人が現れなくなった十四年間、こうやってエカルラートが出るかもなんて噂が立った事はなかった。それなのに今回、どこからともなくエカルラートの噂が出回ってる…これって、変じゃない?」
 アルフォンスの提示に、エドワードは軽く目を瞠った。正直な話、エドワードはそれに関してはまったく考えていなかったのだ。どうやってロイに「正体は自分だ」と認めさせるか、それしか考えていなかったのだ。
 ―――なぜ自分がそこまでロイに認めさせることにこだわっているのか、その理由には思いを馳せることなく。
「…そう言われてみれば、そうか」
「そうだよ。だから、逆にね、そこに関連付けて動機が見つけ出せるなら、…兄さんが考えてる通り、大佐が怪人だったって事になるんじゃない?」


 情報はちらほらと集められたが、結局有力な情報は何一つ得られずじまい。そしてとうとう、マチルダの裁判を翌日に控えたその夜、もしもエカルラートが現れるなら今夜だ、とエドワードは弟を置いてこっそり彼女が拘束されている留置所までやってきた。今夜来なかったら、多分来ない。そして今度こそ怪人は風化される、そう思ってのことだ。
 だが、それとは裏腹に、エドワードはエカルラートは来るとどこかで確信してもいた。
 そして、果たして…。

 ウーウーウー…!
 カンカンカン…!

「…!」
 留置所を囲む塀の影に潜んでいたエドワードは、突如として鳴り始めた警報に肩を揺らす。息を飲んだ瞬間に、もう、彼は走り出していた。
 塀の中からは慌しい人の声がしている。
 そして、なぜか、…落ちるはずのない留置所の照明という照明が、落とされている。背中が興奮でぞくりと震えるのを感じながら、エドワードは唾を飲んだ。
 中にいる。
 今、この塀の中に、十四年前世間を騒がせ、そして最後にエドワードの母をターゲットに選びそれを最後に姿を消したはずの怪人が、この、中に。
「…大佐、観念しろよ…!」
 正体を暴いてやる、とエドワードは軽く助走を付けると、壁を蹴って高くジャンプし、一度塀の高いところに空中で鳴らした両の掌をつけて足場を錬成、そのままもう一度ジャンプして塀の上へと着地した。見る人がいれば拍手したであろう、身軽で華のある動きだった。
 勿論、見る人が居たら困るわけだが。
 エドワードは塀の上を走る。あの赤いコートは置いてきたので、黒い塊が走っているようなものである。ただ、その金髪はそのままなので、夜目にも白く浮かび上がって見えたかもしれないが。
「いたぞ!」
 それが悪かったのか、エドワードは、殺気だった憲兵だか当直の兵だかに塀の下から発見され、問答無用で銃口を向けられた。こんなところで撃たれてはたまらないので、エドワードはひらりと塀を飛び降り、物陰に身を沈めた。着地地点からは腰を屈めていくらかを進む。兵士達が探しに来た時には、その背後から探している姿を見る格好になった。
 収穫のなかったことに苛立った兵士達が立ち去った後、エドワードもまた慎重に移動を…開始したところで、信じられない光景を目にすることになった。
「…え…」
 思わず、声が漏れていた。
 
 黒ずくめの装束に赤い手袋、そして手に持っているのは赤い仮面。今まさにそれをはめようとしていたその人の髪は―――黒くは、なかった。

 それに、何より。
「…男じゃ、…ない?」
 黒い装束はさほど体の線を明らかにするものではなかったから、動いていたら難しかったかもしれないが、…その動きを止めている一瞬の姿を見たエドワードには、わかってしまった。
 胸の辺りのふくらみや、全体的に丸みを帯びたラインは、男性のものでなどありえない。エドワードは呆然と目を瞠る。
 それに、何よりも。
「…金髪…?」
 そうなのだ。
 もしかしたら頭巾でもかぶるのかもしれないし、変装なのかもしれないが、とにかくその人物の髪は黒ではなく、金だった。
…呟いた、とはいえ、喧騒は遠ざかっている。「その人物」の優れた聴覚は、それゆえにか、エドワードの呟きを拾ったものらしい。
 ゆっくりと振り返るその人の顔を見た時―――マスクをまだ手に持ったままのその人がこちらを振り返った時…、エドワードはただ呆然と立ちすくむしか出来なかった。
 暗闇の向こう、赤い手袋をしてこちらを見ているのは、エドワードも良く知る人だった。
 リザ・ホークアイ中尉。
 エドワードの後見人であるロイ・マスタング大佐の優秀なる副官だったのだ。

 エドワードは呆然としていた。
 いくらなんでも想像の範疇を超えていたのだから、まあ無理もないだろう。しかし…。
「…、なんで、中…、…っ!?」
 気を抜けた一瞬、背後からぬっと伸びた手がエドワードの口と腹を背後から押さえつけてしまったのである。当然もがいて暴れるエドワードだが、相手はびくともしない。そのまま暗がりのさらに奥に引っ張っていかれ、さすがのエドワードも焦ったが、果たして…。
「―――何しにきたんだ、鋼の」
 困ったような呆れたような声が聞こえてきて、エドワードは力を抜いた。
 抜いて、しまった。
 大人しくなったエドワードに安心したのか、ロイは、静かにしているように、と念を押しつつではあったが、口を押さえていた手だけは話してくれた。
「…鋼の。…何を考えているのかね」
 音のない声で咎められ、エドワードは口を尖らせた。
作品名:Ecarlate 作家名:スサ