Ecarlate
#deux
子供+甘い物=ごまかせる!
「………なにこれ」
固い固い声で押し出すように問われ、男達は困惑した。完璧な図式のはずだったのに、と、その動揺は深い。
「…言っていい?」
エドワードはそう口にし、じろりと目の前の二人を睨みつけた。
「あんたら、バカ?」
「な、」
「今時どこのガキがケーキなんぞでごまかされるんだっつーの!」
バン、とエドワードはテーブルをたたいた。むっとした顔をロイは―――男達のその片割れは浮かべたが、もうひとりは宥めるように「まあまあ」と口にする。
「これは単純に茶菓子だよ」
嘘つけ、とエドワードは思ったが、それでもそれ以上は何も言わないことにした。
「…絶対ごまかそうとしたくせに…」
…せいぜい、口を尖らせ小さなひとりごとをこぼしたくらいで。
「…かわいげがないな」
が。
その向かいでもやはり、口を尖らせる大人気ない大人が。そのあまりにも「イヤな大人」そのものの台詞に少年が怒鳴るより、しかし、その友人の鉄拳制裁の方がずっと早かった。
すぱーん、と良い音がして、ロイは思い切り頭をはたかれたのである。
「おまえは黙ってろ」
びし、とヒューズは全ての反論を許さない勢いで厳しく冷たくロイに言い渡すと、正反対に愛想のいい顔を浮かべてエドワードを振り向いた。
…おっさんこえぇー…。
エドワードは背中が冷えるのを感じながら、唇をひくつかせた。ここでごねるのは得策ではない、と彼の本能が告げている。
なぜならロイを窘めたすぐ後に浮かべたヒューズの笑顔は、本当に人好きのするものだったからだ。あまりにも早い変わり身を見れば、目の前の彼がどれだけ油断ならない人物か知れようというものである。
「…まあ、食いながら聞いてくれ。エド」
「…ん…、じゃあ…イタダキマス…」
ぼそりと答え、とりあえずエドワードはフォークを手に取った。一口放れば、…とりあえずこういった時に金を惜しまないのはやはり男の気風のよさというものなのかなんなのか(単純にそんな細かいことは何も考えていないだけなのだろうが)、相当うまかった。
「…うま…!」
思わず、そんな感嘆がこぼれてしまうくらいには。
「あたりまえだ。パレ・ロワイヤルホテルからわざわざ、」
ぱこーん
「いーからおまえは黙ってろ」
まじまじとフォークを咥えたまま目を見開いてケーキを見つめるエドワードに、ふん、と鼻を鳴らして言いかけたロイの頭を、再びヒューズの攻撃が見舞った。
「叩くな、頭が乱れる…!」
「その髪型に乱れるもクソもあるか。もう、頼むからおまえは口開くな、ほんとに」
閉じていられないなら、とそこでヒューズは冷たい目を親友(の、はず)に向けた。そして。
「永遠に閉じられないようにしてやってもいいんだぞ」
「…黙っている」
ロイは片手を挙げて従った。
何となく、ふたりの歴史がかいま見える一瞬だったとエドワードは思った。
「あのな、エド」
とりあえず色々気になることは流して、ヒューズは口を開いた。エドワードはケーキを頬張りながら頷く。
「…おかわりしていいからな。適当に頼んだし」
テーブルに置かれたままの箱を見ながら、ヒューズは愛想良く言った。それにエドワードは目を嬉しそうに細める。
「まじで?オレね、このクリームのもいいけどチョコのがあったらチョコのが食べたい」
「ロイ、チョコ」
「………」
物凄く何か言いたそうな顔をして、しかし先ほどのやり取りがまだ枷となっているのか、ロイは箱を引き寄せ中身を確かめた。
「…ガトーショコラとオペラが」
「俺は種類を言えなんて言ってない。チョコのケーキをエドに出せと言ったんだ」
再びヒューズの手が舞った。べし、と。
そしてやはり納得いかない顔で、ロイはそれでもケーキを箱から出してエドワードの皿に置く。
…けしてサーブとかそういった単語を連想してはけしていけない動作だった。
「―――それで、時に、エド」
「あに?」
もぐもぐとケーキを頬張りながら、それでも糖分を取ることでいくらか機嫌も上昇しているのか、あどけなくエドワードは返す。
「さっき、おまえさん…どこまで聞いた?」
きらり、と眼鏡の縁が光ったように見えた。
エドワードはフォークを咥えたまま、もごもごと口を動かす。そしておもむろに咀嚼すると、にっこり笑って小首を傾げた。それはもう、普段の暴れっぷりが嘘のように愛らしい様子で。
そして口を開いたのだ。
「オレねぇー今夜は肉が食いたい気分」
「……肉か」
「格付特Aの霜降り最上級が食いたい」
「…任せろ。ロイが最高の店に連れてってくれるってよ」
「おい!」
気色ばんでロイが反駁するより、少年の歓声の方が大きく早い。
「やりー!にーく!にーく!」
「ケーキはどうだ」
「ん、チョコも食うよ?」
だってオレ成長期だもん、とエドワードはまた首を傾げて上目遣いに言った。…なかなかたくましい成長っぷりである。
「…なんで私が…」
そんな中でロイだけががっくりきているが、残り二人は全く意に介していなかった。
「で。どこまで?」
重ねてのヒューズの問いに、エドワードはほんの少し考えこむような素振りを見せた。
「んー…」
「エド?」
「―――エカルラート」
悪戯っぽく口にして、少年は目を細めた。
「およそ今から十四年前の、春から秋にかけての半年間、十数件の誘拐事件を起こした謎の男、通称、怪人エカルラート」
すらすらと流れ出る言葉に、ヒューズは目を細め、ロイは目をきつくした。
「その由来は赤い手袋と目を覆うだけの同じ色のマスク。当時の市民の支持を得、謎のまま姿を消した人物。…彼が当局に捕まらなかったのは、その都度『不思議な力』を発揮したからだ…と言われている。そしてその力は当時―――」
そこで、降参、とばかりにヒューズが両手を上げたので、エドワードも一端口を閉ざす。
「…おまえ、よく知ってんなぁ」
おまえなんてまだ赤ん坊の時の話だろう、ヒューズは困ったようにそう言った。それが本当に困っているように見えたので、油断禁物と思いながらも、エドワードは笑って肩をすくめた。
「偶然、この前昔の新聞読んでさ。そこに書いてあったんだ、エカルラートのこと」
そこで彼はこそりと声を潜め、今さら、どうせ他に人もいないロイの執務室だというのにも関わらず慎重に問いかける。
「―――で。あれって、あんたなわけ?」
金色の目が面白そうに、しかし真剣に、ロイを見つめていた。そこで彼は軽く目を見開くと、慌てて首を振る。
「違う、私じゃない」
「えぇ? …なんでそんなに慌てんだよ?ほんとはあんたなんじゃねぇの?新聞にも書いてあったぜ、エカルラートは錬金術師じゃないのかって…」
「だが私ではない。本当だ。…それに、錬金術という意見もあったが、それに反対する意見もあったはずだぞ」
それは本当だったので、エドワードはとりあえず口をつぐむ。そして、かわりに、じぃっとロイを見つめた。
「…じゃあなんでそんな慌ててんだよ」