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もとめるもの

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寒い。さびれたホームの片隅に忘れられたようにかかっている温度計は0度を指していた。寒いはずだ、と1人息を吐く。吐いた息はくちびるを通り過ぎた瞬間に白く煙ってゆっくりと舞い上がりながら消えていった。見上げた先の空はうっすらと青を纏って、夏に見た痛いほどの青さとは大違いだ。冬は嫌いだな、とかじかむ指先を吐息で温めながら想う。色がどんどん褪せていって、反対に見たくないものばかりがくっきりと形を主張しはじめる。あの男が根城としていた新宿から、そして池袋から消えたのは吸い込む空気がはっきりと冬のそれに変わりはじめたころだった。あいつは本当にここに来るだろうか。今はそればかりが気になって仕方がない。ホームに降り立ってから3本目の電車を見送りながら昨日突然にかかってきた電話を思い出す。公衆電話という文字と共に耳に入ってきたのは何度も思い返した一番聞きたくない声だった。余りにすっきりとしたあの声は冬の空気に似ている。冷たい声だと思う。それはあいつの指先や視線とおなじに。青空のようだという人間もいるようだが、それは遠いということじゃないだろうか。俺は、あの男を掴めた事がない。こんなにも長くなってしまった付き合いの中で、一度も。

「あ、もしもし、シズちゃん?」
「…ッ、ノ、ミ蟲…?!」
「あーあーもう、むせないでよ、何にも言わずに消えたのはあやまるから」
しんだとおもった?と笑う声は少しくぐもって、なんとなく、あいつは寒いところにいるのだろうかと思った。「夏は嫌い」と言っていた若いころのふてぶてしいあいつの顔を思い出す。
「おま、え、今どこ、」
「シズちゃん焦りすぎ。そんなに俺に会いたいの?」
「ばっか、んな訳あるか、殴りたいだけだ新羅や門田にも何も言わずに消えやがって」
「うっわ、友達のために?シズちゃんきもちわるい」
「…てめえ……今すぐ面ァ見せろ殴ってやる殴り殺してやる」
「そんなこと言って、シズちゃん今まで俺のこと殺せたことないじゃん。現に俺こうして生きてるし」
シズちゃん俺の顔大好きなんだもんね。そういってふふふ、と笑うあいつの声はまじでこちらのイライラを募らせる作用しか持ち合わせていなくて、久しぶりに聞くからかなぜか「さすがだ」なんて思ってしまって、なにがさすがなんだか、とにかくどこにいるか言え、と電話口に抑えた声で(のつもりだったが数人の通行人に振り返られたところを見ると余り抑えられていなかったのかもしれない)怒鳴ると、あいつはふ、と笑うのをやめて、「○○…北のほうだよ」と言ったのだった。行くからな、と言うと、どうぞ、と言うので待ってろよと重ねて、あいつがうん、とちいさく呟くのを聞いてから通話を切った。

5本目の電車を見送った頃だったか。「やあ」と爽やかな声で呼びかけられて振り返ると、10年越しとは思えぬ若々しさでその男は立っていた。黒い髪はあのころとおなじ艶やかさを保っていたし、肌も瑞々しく白いままで、そのなかで紅い瞳とくちびるだけが目立っていた。まったく厭になるほど美しい男だ。自分が何度も思い返した思い出の中のあいつより一層綺麗になったようだった。田舎の水が体に合ったのか。都会に染まった体は森の中なんかに行くと綺麗になると言うけれど、こいつの場合はどうか。心まで綺麗になってりゃいいけどな、と心の中で呟いて、すぐにそれを打ち消した。にやにやとした厭な笑い方を見る限り、この男の中身は大して変わってなさそうだ。むしろ性悪っぷりに磨きがかかってそうな気がする。にらみつけてやると「そんな恐い顔するなよ、ホントに鬼みたいだよシズちゃん」と言ってきた。やっぱり変わってねえ。「人ってそんな簡単には変われねえんだな」と言うと「なに、俺に聖母のようにやさしく包み込んで欲しかったの?このマザコン」と言われた。
「10年経っても成長が見られねえなつってんだよノミ蟲野郎が」
「シズちゃんこそ罵り文句が18年前から変わってないよ。成長止まってんのはそっちじゃない身長ばっかり伸びちゃってさ」
「もうこのところは伸びてねえよ」
「そう?なんかすごくデカく見えたんだけど…そうか、もう成長期は終わったんだ」
じゃあもうこのあとは衰退期だね、なんて紅い瞳を細めてうれしそうに言うもんだから殴る気も失せた。ああ、そうだな、と適当な返事をかえす。俺も大人になったもんだ。
「ところでおまえ10年もこんなとこで何して、」
「それより早く俺の家行こうよ、さむい」
おまえ、俺がどんだけの時間この、このくっそ寒い場所でおまえを待ってたと…と、奴の変わらぬふてぶてしさに思わず拳を握り締める。くそ、ダメだ、やっぱり殴りてえ。

臨也の家は住宅街を越えて、森を過ぎ(臨也曰くこの森の中にはこの近所で数百年にわたって祀られている神様がいるらしい)(なんか神様の名前も言っていたが俺にはさっぱりわからなかった)、さらに山に向かったあたりにあった。駅からは俺たちの足で歩いて悠に30分はある。なんでこんな不便なとこにしたんだと聞くとまあ色々あって、とか適当にごまかされた。交通の便が悪い場所をわざわざ選ぶなんて、臨也らしくもないと思ったが、こいつにはこいつの事情ってもんがあるんだろう。その家自体も古く、日本家屋の見本みてえなので、俺は生まれてはじめてこういう家を直に見た。聞くと知り合いに譲って貰ったのだという。どうせろくな知り合いじゃあないだろうからそこに関しては深く突っ込むことはやめた。まあ上がって、と言われスリッパに足を突っ込むと床がぎしりとしなる音が聞こえた。壊しそう、と青ざめる俺にあははは!と楽しげに笑いかけた臨也は高校時代のような邪気まみれの無邪気さで、俺をなぜだか安心させた。
長い廊下を渡ってついた先の部屋はどこの旅館かというような広い座敷で、臨也は入った途端にせっせと火鉢に火を点けはじめた。火鉢ってのはこうやって使うのか、と蒐集家でない俺は普通に関心する。きっとこの家には俺が30数年生きてきて見たことも使ったこともないものがたくさんあるんだろう。ちょっと見てみたいな、ときょろきょろしていたら、「なに、探検でもしたいの?」とむかつく感じで笑われた。確実にばかにしている。まあこいつにばかにされなかったことなど、出逢ってから一度もないが。火鉢にあたりながら、「はー…生き返る」なんて言っている臨也の記憶よりすこし痩せた首筋を立ったまま眺めながら、一番聞きたかったことを口にする。
「臨也、」
「ん?」
「なんで10年も音沙汰なしだったくせに、急に連絡なんかしてきたんだ?」
「シズちゃん」
振り返った臨也が紅い瞳をほそめて、俺の瞳を射抜き、そっと微笑む。
「シズちゃん、俺たち幾つになったんだっけ?」
「あ?…えーと、おまえが確か5月生まれだから34、で、俺が33だろ」
「そうそう、ていうか俺の生まれた月なんてよく憶えてたね、シズちゃんのすっからかんの脳味噌とは思えない」
「うるせえよ!」
「まあまあ、怒んないでよ。俺いま普通に嬉しいんだから。ともかく、俺たちも結構イイ歳じゃない?だから、」
「?」
「だから、そろそろ落ち着いてもいいんじゃないかとおもってさ」
作品名:もとめるもの 作家名:坂下から