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もとめるもの

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ここ、なかなかいいところでしょ?シズちゃんさえよかったら一緒に住みたいと思って。今まで色々やってきたからさあ、あんま信頼できる人もいないし隠遁生活したいとか言っても信じてもらえなくて。ここ譲ってもらうのも結構苦労したんだよ。まあそんなことはどうでもいいんだけど要するにさ、
「シズちゃん、君に毎朝お味噌汁作ってあげてもいいよ」
俺と暮らそう。
そう言って臨也は一層その紅い瞳をほそめる。うれしげにほそめられたそれに厭な光はなかった。
「…おまえ、この10年でナニがあったんだよ」
「人は常に変化を遂げ続ける生き物だよ、シズちゃん。俺も例外じゃない」
「いや、つってもよお、おまえ…自分が何言ってんのかわかってんのか」
「もちろん。シズちゃんのすっからかんのおつむとは出来がちがうからね」
「しにてえのか」
「ちがうよ。言ってるじゃん、一緒に暮らそうって」
「…まじで頭がおかしくなったとしか…」

「シズちゃん、シズちゃんは昔の俺をしってるよね。俺はシズちゃんのことが大ッ嫌いだったしシズちゃんも俺のことが大ッ嫌いだった。シズちゃんはやたらに勘が鋭くて俺のしたいことすることを全部ジャマしてくれた。最悪だったよ。だから俺はシズちゃんのいないところに行こうと思って新宿に引っ越したりもしたけど君との縁はそんなんじゃ切れなかった。君は俺がどこに居ても見つけて追いかけてくる。俺はシズちゃんを殺しちゃおうと色んな策を練ったけど全部君にかかったらちいさな蜘蛛の巣みたいなモンだったよ。鬱陶しがられることはあってもただそれだけだった。10年前、俺は君と俺の関係にうんざりして、そしてもっと自由にたくさんの人間を見て回れるように、君の前から姿を消すことにした。この10年、君のいない生活はかなり快適だったよ。好きなだけ好きなことができるし、街を歩いてるだけで自販機やら標識やらを投げられるなんて非常識なこともないしね。だけどね、したいことをしてしてしてしてしてしてしてしてし終わって、そうしたらもう、なんにも欲しいものがなくなっちゃったんだ。人間観察は相変わらず好きだったけれどもう生き甲斐とは呼べなくなってた。俺はね、気づいてしまったんだ。俺が求めてたのは好きなことをすることなんかじゃない、鬱陶しいとしか思ってなかった、君との生活だってね。シズちゃん、誤解のないように言っておくと俺は相変わらず君のことは大嫌いだよ。俺は人間じゃない化物なんて愛さない。でもシズちゃん、俺はもう、君以外に欲しいものがないんだよ。シズちゃん」
「…てめえの話はいつも長すぎるんだよ」
「あはッ、シズちゃんには理解できなかったかな?」
「ったく、てめえはホンットにろくなことを言い出さねえよな」
「気に入らない?」
「いや、臨也くんのおもいつきにしてはマシだ」
いいよ、その話、乗ってやるよ。
そう言って火鉢に手を近づけて精一杯暖をとろうとしている男に、前にセルティがそれじゃ寒いだろうと贈ってくれたマフラーをぐるぐると巻きつけて、隣にどっかと座った。臨也は紅い瞳を大きく見開いて、「まじでいいの?」とつぶやいた。おもわずこぼれたような言葉だった。その顔に手を伸ばしてギュッと鼻をつまみながら、俺だって、と呟く。「俺だってなあ、臨也くんよお。おまえがいない生活は物足りねえなと思ってたところだったんだよ」じゃなきゃこんな寒ィところまでわざわざ出てくるかよ。おまえに会えたら、おまえがどんな態度をとろうがどんな言い訳をして逃げようとしようが、とっ捕まえて連れ帰るつもりだったんだ。そんで、もう二度と俺の視界から逃がさない。そのつもりでここまで来たんだから、そっちがそう言うのなら互いが死ぬまで一緒にいてやろうじゃねえか。どうせ因縁しかねえような関係だ。その縁、最後まで貫くっつうのも粋じゃねえか。
「…シズちゃんがそんなあっさりOK出すなんて思わなかった……」
「てめえが言ったんだろうが、人は常に変化を遂げる生き物なんだよ。ましてや10年だぞてめえ」
「うん…シズちゃん」
「なんだ」
「あついね」
「…おう」
ちらりと横を見ると、俺が巻いたマフラーの隙間から覗いた耳も頬も赤く染まっていた。俺はやっと火鉢から離れた奴のゆびさきをそっと握ってみた。その手はあたたかく俺の求め続けたものだった。やってきた夜が俺たち以外のすべてを暗く包んでいくなか、俺は、はじめてこいつを掴めた喜びにすこし戸惑いつつ、冬も思っていたほどわるくはないな、とひっそりと考えていた。


作品名:もとめるもの 作家名:坂下から