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午睡

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窓の外、流れ込んでくる空気は南国らしい温みを帯びてゆったりと頬を撫でる。
海を渡るために湿り気のある風は、からりと地上を照らす陽光と相俟って、とても優しい。
常ならば、こんな日には外の庭園から誰それの賑やかな声、活気のある掛け声などが聞こえてくるものだ。
しかし、八人将の中でも特に賑やかしいシャルルカンとピスティが二人揃って不在となれば、騒々しさの加減も変わってくる。
他国への使者としてそれぞれに任務を帯びて出かけていった二人だが、うまくやっているだろうか。
空の向こう、遠い国への出立だから、戻ってくるまでにはしばらくかかる。
いればいたで喧しさにこめかみを押さえることもあるのだが、彼らが幼いころから共に過ごしてきたのだ、いないとなればやはり寂しい。
などという感傷は、年長者としては、決して彼らには見せられないが。
そこへ、別の意味で騒々しさの源になる声がやってきた。
「いい天気だな」
風を通すために開け放されていた執務室の扉から、ひょいと顔を覗かせたのは、我らが仕える唯一の王。
「王、」
手を止めて顔を向ける。
気安い仕種で王が傍にいた文官に片手を上げて、そうすると、王とその第一の側近に気を遣ってか、少しばかり距離をとっていくのがジャーファルの元で働く文官たちの倣いだ。
簡易だが規律正しく王に対して礼をして、その後ジャーファルにも一礼をして、静かに下がっていく。
手には大量の書面をもっているから、隣の間に持ち込んで仕事を片付けるつもりだろう。
ジャーファルの手元に届くまでに必要な項目の作成なり計算なりを入念に行って、ジャーファルは出来上がった書面を確認だけすればよい。
急を要したり、相当に重要な案件でなければそうした形をとっている。
建国間際の頃、何もかもをジャーファル自らが手を入れなければならなかった頃からすると、随分この国の体制も整ってきた。
信頼できる部下も増えた。
ジャーファルよりも年上の者も当然多いが、処理能力の点において誰にも勝るジャーファルを、年齢という能力とはなんの関係もなさない基準で測って蔑む者もいない。
他者を僻む、という精神作用が、どうにもこの国に住む者には欠けている。
もちろんそれはよいことだろう。
後ろ向きでしかない僻みや嫉みには、進歩するための要素を感じない。
新しく、若い国だ、シンドリアは。
国の基盤を揺るぎないものにするために、どこまでも前に向かって進まなければならない。
だから、必要なのは他者を認め良さを伸ばし、国を支えようとする力。
この国が求める力が着々と集まりつつあることを感じるのは、すべてこの王に因るのだろう。
いつでも誰にでも手を差し伸べて、笑顔一つで信頼を掻っ攫っていく究極の人たらしとも言える王に、よくよく考えれば自分自身、籠絡させられたのだ。
つらつらと考えているジャーファルの内心など思いもよらないだろうシンドバッドは、うんと伸びをして窓辺に寄った。
白羊塔の最上階にあるこの部屋から外を覗けば、王宮の中心に広がる庭園が見える。
「なあ、いい天気だぞ、ジャーファル」
窓枠に手をかけて、風に晒した髪もそのままに、肩越しに振り返る。
昼時の陽光を受けて輝く紫紺の髪が眩しい。
ああ、このひとは本当に何をしても絵になるのだ。
肩に隠れた口元が、自分のために柔らかい笑みの形を作っているだろうことを感じると、溜め息すら吐きたくなる。
明るい光に縁取られた彼の輪郭が、目に眩い。
けれど瞳の色が太陽に負けないくらいに強い光で、長く見つめていると吸い込まれそうで。
けれど、そんなものに騙される自分ではない。
「そうですね、絶好の仕事日和かと存じます」
「さりげなく、外に誘ったつもりなんだが」
「そうですか、午前の仕事が終わっていればそれも結構ですね」
「…………………」
うっと黙った所を見れば、ここまではと頼んでおいた所まで多分、到達していないのだろう。
しかしまあ、それも折り込み済みだ。
元よりその気にならない日のこのひとに、そんな大それた量の仕事がこなせるとは思っていない。
恐らくこの辺りで飽きが来るだろうと見当を付けて、その見当よりも多めの仕事を渡してある。
「どこまで、進めて頂けましたでしょうか?」
二人きりにも関わらずことさら慇懃に、にこりと笑顔を張り付けて、ついでに首を少し傾けて尋ねると、更にうっと詰まる気配。
窓辺に降りた奇跡のように輝いていた姿は掻き消えて、途端に情けない顔つき。
ごにょごにょと誤魔化そうとするのを笑顔一つで黙らせて引きだした回答は、見かけではない方のジャーファルの基準に照らせば、まあ、ぎりぎりの及第点だった。
「そうですか」
短く返すと、こちらを恐る恐る窺う気配。
他の何をさせてもあれだけの手際でやり遂げてしまうくせに、この王は書面上の仕事というのだけにはまったくやる気を示さない。
元々が冒険者、夢を追い求めて世界中を駆け回るのを生きがいにしてきた男なのだから、こういった事務的な作業が得意であるはずがない。
対極を見る目は誰にもひけをとらないのだから、適性がないわけではないのだが。
まあ、そんな王にしてはよくやってくれた方、か。
なんにしろ、ぎりぎりではあるが及第点だ。
午後の分のやる気を充填してもら為にもここは少しばかり、自由にさせておくのもよいか。
「では、行きましょうか」
「………ど、どこにだ?」
酷く警戒しているらしい。
おそらく、言い渡された分を終えていないのだから王の執務室にでも引きずり戻されるとでも思ったのだろう。
若干身構えたシンドバッドが面白くて、どこかよろしいでしょうかね、と聞き返す。
すると、顔をひきつらせて、それから肩を落としたシンドバッドは、勝手に何かに観念したらしい。
巷で噂されるシンドバッド像にかけ離れたその姿に、思わず袖に隠して笑ってしまう。
突然和らいだジャーファルの空気に、シンドバッドは目を白黒させた。
「行きましょう、シン」
「どこに?」
聞き返す今度の声は、警戒を解いて、単純に不思議そうな響きだけ。
「お昼を外で食べるのも、いいかもしれませんね」
そう、こんな天気のいい日には。







さくさくと草を踏みながら、侍女にまとめてもらった昼食の包みを降ろす場所を探す。
マスルールがよく訓練に使っている森は、奥まで入れば様々な動物が生息していてそれなりに危険だが、入口付近ならそんなこともない。
シンドバッドが手頃な木の下を示して、ジャーファルもそこに従った。
大の大人が二人で、しかも王とその側近がこんなところで地べたに腰を降ろしてのん気に食事などというのは、他国ならあまり見ない光景かもしれない。
しかし、他国のあらゆる常識に捉われないのがこのシンドリアである。
元より開放的な空気を好む王の気質は城の誰もが十分に理解して、それを認めている。
手際良く食事を広げて、器に乗せてシンドバッドに手渡す。
それはおいしそうに口に運ぶ主は、多分人生の楽しみ方を知っているのだと思う。
よく笑い人を朗らかにさせ、あちこちに出かけては様々な冒険を繰り返し、周りをはらはらさせながらも必ず力強い瞳で安心させる。
「食べないのか?」
作品名:午睡 作家名:ことかた