Sherlock小ネタ2
別に意味なんてない、とシャーロックは言った。僕が彼を敬遠しているのに意味なんてない、もう一生分の顔を合わせたから、これ以上の対面を必要としないだけだ。
でも君の兄さんは、と言いかけて、でも『彼』は、と僕は言い直す。彼の方では君に会いたがっているようだし、助けを借りたいとも思っているようだが。そう言えばきっとシャーロックは嫌味を言ってよこすだろう、けれど僕はマイクロフトの肩を持ってしまう。
弟に負けず劣らず頭の切れる、そしてより大きな力を持つあの男を、あんな初対面を果たしたにも関わらず、決して嫌いではない。二人が話しているのを見ると、まるで周囲の人をバカにしてやまないシャーロックにさえ、母親がいて家族がいるんだなあと感慨深くなる。一生分顔を合わせたというのも単なるブラフではないのだろう。彼女の部屋から帰ってきた僕をからかったとき、兄弟は息の合ったチームプレイを見せていた。どういうわけだか導き出された推測あるいは事実を、さもつまらなそうに述べるところもまったく似ていた。
ぴこん、と僕のiPhoneが鳴った。メールの受信音だ。シャーロックはちらりと眉を顰め、ふいと視線を窓へ流した。そろそろ彼が連絡を取ってくるはずだと予想していたのだろうか。タッチパネルに指を滑らせる。君たちは今ベイカー街にいるのか? 一応疑問符はついているが、彼は確信を持っているに違いない。僕にはドアベルの幻聴すら聞こえた。幻聴を振り払い、僕は言った。
君の『一生分』はずいぶん短そうだね。
ここで同居を初めてから何ヶ月経ったのか、指折り数えてみるともう半年も経っていた。半年の間に降りかかった出来事を思い起こすにつけ、くらくらと眩暈がする。生きるか死ぬかの戦場はアフガニスタンだけではないらしい。
シャーロックは軽く肩を竦めた。それは相手にもよるさ。アンダーソンのような人間なら六十秒で充分だが、幸いにもこの世界には非アンダーソン的人間もたくさんいる。その半分が彼以上に有害だとしてもね。
癖のある声を思い浮かべて笑った。笑ったついでに聞いた。僕はどれくらいなんだい。僕の上限摂取量は。もう半年、出会った頃から季節が一周するまで我慢できるくらいには長いのかい。
答えを期待していたわけではない。さあね、ともう一度肩を竦められて終わるだろうと考えていた。しかしシャーロックは思いのほか真剣な表情で僕を見据え、まだ分からない、と言った。どういうことだよ、半年シェアしてまだ分からないってのは。僕はそんなに難解な人物ではないぞ、よく君もバカにするけどさ。
ハ、とシャーロックは息を漏らす。難解なのは君ではなく、僕のマインドの方だよ。
よく分からないが、やっぱりバカにされているのだろうか。逃げずに見つめ返してはみたものの、シャーロックの顔から何かを読み取ろうとしたって無理な話だ。暗くなりかけている画面に触れ、イエス、とだけタイプして、送信する。
ぱたぱたと階段を上る音が聞こえた。買い物袋を抱えたハドソン夫人が顔を覗かせて告げる。下にお客様が見えてるわよ。兄への上限を引き上げたのか、シャーロックは返事をしなかったが、組んだ脚を解こうともしなかった。
作品名:Sherlock小ネタ2 作家名:マリ