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Sherlock小ネタ2

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「この国にはうんざりだ」
 ジョンが扉を開けた瞬間、低い声が無表情に言った。お気に入りのソファに膝を立てて座りこむ声の主は、皮肉のつもりなのだろうか、ユニオンジャック柄のクッションを抱きしめていた。
 夏の日も沈みきる時分だというのに彼はくたびれたローブのままだった。自分が出かけてからようやく起きだしてきて、けれどこの部屋より外には一歩も踏み出さなかったに違いない。よくあることだ、今更驚いたりはしない。ジョンはすいと部屋の奥に進んで冷蔵庫に食材を突っ込み(幸い生首とのご対面はなかった)、聞こえなかったふりをして自室へ上がろうとした。触らぬ神にはたたりなし、触らぬ奇才にもたたりなしだ。
 しかしつい、抗いがたい引力にひかれて愚かにも目を合わせてしまった。するとシャーロックは軽くかぶりを振り、君のシャツの柄はいかにもブリティッシュだな、と忌々しげに吐き捨てた。
「いったいどこで買ってきたんだ」
「どこだっていいだろう」
 まあ聞かなくても分かる、どうせ○○か××だろう、という指摘はもちろん当たっているので余計に腹が立つ。彼とルームシェアを初めて三日もすると、ピスオフとまではいかないにしてもノンオブユオビジネスくらいは言わずに過ごせないのだと悟った。全てを見透かされている、そんな気がするのは落ち着かないものだ。
「前から思っていたんだが」とシャーロックは構わず続けた。「君の服装のセンスは年齢にそぐわない。それとも時代にそぐわないというべきか、時折50年代のテディベアのように見える」
 ――放っておいてくれ。
 ジョンはゴロゴロ唸るようにそう言って、今度こそ引き上げようとした、のだがその日のシャーロックはしつこく、去りゆかんとする背中に「君はそう思わないのか、ジョン」と声を張った。ぐうたらしているくせにそんな声は出るんだな、と呆れつつ名指しで呼ばれては無視もできない。『そう』って何のことだよ、と振り向いてあげる自分は仏教の神様のようだなとジョンは思った。
「僕は『イギリス的な暮らしに飽き飽きしていないか』と言ったんだ」
「ロンドンがそこまでイギリス的だとは、僕は思わないが」
 場所によっては、ヨーロッパにいることを忘れてしまいそうになるくらい移民の多いロンドンである。古き良きブリティッシュな暮らし、というものは既にこの街にはない。街を歩けば、インドの香辛料だって中国の猫の置物だって容易に手に入る。一時間ほど離れた郊外ならまだしも、中心部に住んでいる僕たちは――と思考を口に出さないうちに、いやそういう意味ではないよと否定される。「そういう意味ではない、そうじゃなくてつまり、死ぬほどの退屈に陥っているということだ」
 Boredom、いかにも愚鈍そうな言葉を舌で転がす。音の響きからして面白くない。言葉というのはよくできている。
 また壁を撃ちぬかれてはたまらない。素早く視線を巡らせるも、見える場所に銃はなかった。「ヴァイオリンでも弾いたらどうだい、気分転換になるだろう」
「そして退屈は人を殺す」
「……君は死にたいのか?」
「死が極上の興奮をもたらしてくれるのなら、と思うことはあるね」
「ああ」とジョンは目を細めた。
 ピンク色の研究。あれは正しい瓶だったと彼は主張するが、タクシードライバーは正解を言わないまま死んだ。警察の鑑定結果がどうだったのかジョンは知らない。シャーロックが知らされたのかも知らない。全てが終わってから答え合わせをしても意味がないのだろう、とは想像している。ゲームの途中で幕が引かれてしまったことを、シャーロックは悔いている。
 肩をすくめ、ことさら冗談めかして言う。「僕が止めなければ天上の人になっていたかもしれないぞ、君は。そしたらモリアーティとやり合うこともなかった」
「――ジョン」
 シャーロックが出し抜けに立ちあがった。
 細身ながらも上背があるので一気に部屋が狭くなる。つんと顎を上げ、小柄なジョンを見下ろしながら、「いつ退屈に殺されてもおかしくないのは、僕だけではないと思うがね」
「何が言いたい?」
「もし自分のことを人畜無害と思っているなら、改めた方がいい」
 そんなことは――。
 適切な反論を探して口をぱくぱくさせるジョンを尻目に、シャーロックはぽいとローブを脱ぎ捨て、暖炉の上に投げ出してあったシャツとパンツを身にまとった。質の良い衣服は彼の身のこなし、つまりは育ちの良さをいっそう引き立てる。『フリーク』と呼ばれようとも言動がおかしくとも、発音や振る舞いは品よく洗練されている。政府高官の兄を持つくらいだから悪いはずはないのだが。
 目の前をひらりと影が舞った。
「どこへ行くんだ」
 君のシャツの柄が目に入らない場所へだ、とシャーロックは言った。
作品名:Sherlock小ネタ2 作家名:マリ