Family complex -2.14-
暫くしてエリザベータが落ち着くと、3人は仲良くタクシーで帰っていった。
まるで嵐が去った後のように、一転して静まり返った家の中で、菊とギルベルトは思わず深いため息を吐く。
「あー…何だったんだ…あいつら」
「何だったんでしょうねえ」
菊は苦笑しながら、彼らの残して行った湯のみを片付けている。
「でも、仲直りできて良かったですね」
「…まあな」
姉は泣きはらした顔で、けれども幸せそうに笑っていた。
その顔を見ると、さっきまで苛々としていた気持ちもどこかへ行ってしまうから不思議だ。
「でもあいつ殴り損ねた」
エリザを泣かせたらぶん殴るって約束だったのによ、とギルベルトが不満そうに言う。
元はと言えば、ローデリヒが妻と喧嘩して家出させたのが今回の原因な訳で。
「あの高飛車メガネが」
菊は「まあまあ」と苦笑した。
「雨降って地固まると言いますから、案外良かったのかもしれませんよ」
「どうだか」
顔を背けたギルベルトが面白くなさそうに言うと、菊はふふ、と笑った。
「…なんだよ」
「兄弟仲良しで、うらやましいですね」
「はあ?冗談だろ」
どこが仲良しだ。一方的に自分が被害を受けているだけの気がする。
「私は一人っ子ですから」
そう言う菊の声が気のせいか寂しげで、思わずギルベルトはその顔を見遣った。
菊は兄弟もない上、すでに両親とも死別している。親しい親戚もなくもう天涯孤独のようなものなのだと言っていたのを思い出した。
布巾で卓を拭いている菊にギルベルトが声を掛けようとした時、ふと菊が「それにしても、この家もにぎやかになりましたねえ」と呟いた。
ギルベルトが言葉に詰まる。
にぎやかどころか、今回のは間違いなく騒々しいというレベルだろう。
「その…悪かったな。エリザが色々」
「おや、どういう風の吹き回しです?」
菊が目を見張ってこちらを向いた。ギルベルトは憮然とした顔で頬を染める。
「う、うるせえな、普段謝ってないみたいに言うんじゃねえ」
「ふふ」
確かに菊には迷惑をかけてばかりだ。今日の件しかり、他にも色々と数えればきりがない。
申し訳ないという気持ちが湧いたが、では一体、どう償えばいいのだろう。
今更、菊の側を離れるなどできそうもない。
俯くと、菊はくすっと笑ってからギルベルトの隣りへ腰を下ろした。
そういえば初めてギルベルトが足を踏み入れた時は、この家はひっそりとしてとても静かで、菊はそこで穏やかに暮らしていたようだった。
今はどうだろうか。
ギルベルトがしょっちゅう顔を出している上に、なぜかその度に今回のようにトラブルがやって来る気がする…。
更に落ち込んだギルベルトの背中に、菊の手が触れた。
「…にぎやかでうれしいと言っているんですよ」
そう言ってそっと抱きつかれる。
焦がれた温度と鼓動に、身体がかっと熱くなる。
けれどどうしたのだろうか。
性的に淡白らしい菊は、普段こうして触れて来る事は少ない。
珍しい行動に少し訝しく思うギルベルトがその熱を持て余していると、菊が頬を擦り寄せてきた。
「…変な奴」
ギルベルトは笑った。騒々しいのがいいなんて、どうかしている。
けれど、菊がそんな風に思っている事が嬉しくて、少しこそばゆいのだから自分も大概だ。
一度腕を外させると、ギルベルトはもう一度菊の一回り小さな身体を抱きしめた。じゃれるように顔や首筋に口付けていると、くすぐったいのか菊がくすくすと笑いながら身をよじる。
「おや、貴方に言われるなんて心外です」
ギルベルトの頬を両手で包んだ菊が、覗き込むようにそう言って目を細めた。
「どういう意味だ、それ」
ギルベルトは思わずごくんと生唾を呑み込んだ。
黒々とした瞳は、どこか熱を孕んで潤んでいるように見える。
いつも思うが、こいつの目はどうしてこう色っぽいんだろうか。
年の功というやつのせいだろうか?
目は口ほどにと良く言うが、まさにそれだと思うのはうぬぼれに過ぎるだろうか。
そういえば最近大胆になったような、などとギルベルトが思っていると、菊がその瞳をそっと閉じて腕を絡めると自分から唇を重ねてくる。
焦れったそうにしながら、性急に割り込んで来る舌が熱い。
ギルベルトはそこで思考を閉じて恋人に応えることにした。
たまには菊のやりたいようにさせるのもいいだろう。
(いいぜ、つきあってやる)
お前がそのつもりなら、こちらはもとより大歓迎だ。
時計ではもう日が変わってしまったが、どうやらバレンタインはまだ終わっていないらしい。
2012.1.9 改訂
作品名:Family complex -2.14- 作家名:青乃まち