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Family complex -2.14-

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風呂に入ると、更に無体な事に、今日は寝るのも客間でと言われた。
家がないわけではないから、ギルベルトは自分のアパートへ帰る手もあった。
だがここまで来るとそうするのも癪だ。
布団を敷きながら「たまには姉弟で一緒に寝るのもいいのではないですか」と言う菊は、一体どんな表情をしていただろうか、ギルベルトは覚えていない。
「あんた、愛されているわねえ」
客間に敷かれた布団の上で髪を梳かしながら、エリザベータはむくれるギルベルトに言った。
「どこがだよ。普通逆じゃねーか」
愛しているなら、もう少し自分を優先してくれても良さそうなものなのに。
「バレンタインだぜ…?」
エリザベータはギルベルトと菊の事を知っている。
いつの間にかばれていた、というのが正しいが、菊の気持ちが決まるまでは二人だけの秘密ということになっているから、菊は姉が自分達の関係を知っていることを知らないだろう。
まあ、これだけ入り浸っていて「友人です」と言うのもそれはそれで無理という気もするのだが、公言するのとしないのとでは雲泥の差がある。
すっかり機嫌を損ねているギルベルトに、姉は「バカねえ」と呆れたように言って笑った。
「アンタの立場をよく考えてくれてるからじゃないの。関係がばれて、あんたが家族と気まずくなったりしないようにって気を遣ってくれてるんじゃない」
そんなのギルベルトにだって本当は分かっている。分かっているのだ。
それでも押さえられない独占欲を、ギルベルト自身も持て余してしまう事がある。
そして、そんな事を感じているのはギルベルトだけなのではないかと、疑ってしまう時もあるのだ。
菊は誰にでもやさしいから。
「菊さんがあんなに私に優しくしてくれるのも、私があんたの姉だからよ」
まるでギルベルトの思考を読み取ったかのように、少し寂しげにそう言ったエリザベータは、髪を梳かしていた櫛を置いた。
「あんたみたいに困った子をあんなに大事にしてくれる人、もう居ないわよ。大切にしなさいよね」
姉はしみじみとそう言って、ギルベルトの背中をぽんと叩いた。
「…うるせ」
菊が自分をどれだけ大切にしてくれているかなんて今更だ。
今思えば、最初の頃、突然家に押し掛けてきたギルベルトを受け入れてくれたときから、ずっとそう。
その上、自分だけでなく、こうしてギルベルトの家族や周りまで含めて慈しんでくれている。
だからギルベルトもやさしくしたいと思うのに、気がつけばいつもやさしくされているだけで終わってしまう。
いつまでも子供のような自分を今更自覚し、ギルベルトが姉の顔を見られずに俯くと彼女がくすりと笑った気配があった。
「あの人も、昔はもっと大切にしてくれたんだけどな」
「はん、ザッハトルテばっか作ってたんだろ? あのお坊ちゃんめ」
ギルベルトが言うと、「それで良かったのよ」と姉は自嘲するように苦笑いをした。
「プロポーズの時にも、作って持って来てくれたのよね…」
思い出を噛み締めるようにエリザベータが呟いた時、玄関のインターフォンが鳴った。
すでに時計は深夜を回っている。
こんな夜更けに一体誰だと二人が顔を見合わせていると、菊が応対に出たらしい。
しばらくして、菊が遠慮がちに障子の向こうから声をかけてきた。
「すみません、エリザベータさんはもうお休みになられましたか?」
「いえ、まだ起きていますけど」
「どうした?」
障子を開けてギルベルトが問うと、菊は言いにくそうに少し逡巡してから、あの、と言った。
「旦那さんが…ローデリヒさんとルートヴィッヒさんが、お見えに」



**



ローデリヒは居間に静かに腰を下ろしていた。
一緒に来たルートヴィッヒは、落ち着かない様子で視線をうろうろとさせている。
「なにしに来たんですか」
その入り口に顔を出したエリザベータが、憮然とした顔で言い放つ。
後ろから付いてきたギルベルトも居間に顔を出そうとすると、隣りの菊に制止された。
向こうから顔の見えない状態で、しばらく様子を見ろということらしい。
「…私、帰りませんから。お二人でどうぞお好きになさって」
「母さん!」
ルートヴィッヒが弱り切った声で呼んだ。
「帰ってきてくれよ、父さんだけだと無理だ!夕飯作ろうとしたら何度もすごい音がして、このままだと家が壊れるよ!ご近所に警察まで呼ばれたんだ」
「なら家政婦さんでも雇えばいいでしょう」
「母さん…!」
「お母さんはもう疲れました。しばらく菊さんのところでのんびりさせて頂きます」
きっぱりしたエリザベータの声に、ルートヴィッヒの声はない。
ちょ、と思わず制止しようとするギルベルトの服を菊が掴む。
抗議したくてその顔を見ると、菊は静かに首を振った。もう少し待てということらしい。
「…では、好きになさい」
その時、ローデリヒの静かな声がした。
ローデリヒの声に目を丸くしたのは、廊下にいたギルベルトだった。
「おい、何言ってんだてめえ…!」
出て行こうとしたその身体を菊が「ギルベルトさん!ダメですよ」となんとか引き止めていたが、それを振り切ってギルベルトが居間に顔を出すと、ローデリヒとルートヴィッヒはそちらへ視線を向ける。
「…おや、あなたもいたんですか」
こともなげに言う様子にギルベルトが目を剥いて額に青筋を浮き上がらせていると、大慌ての菊が「ぎ、ギルベルトさんはこちらへ…!」と引きずるようにして別の部屋へ連れて行く。
「離せよ菊!前からあいつは気に食わなかったんだ!一発殴らせろ!」
「ルートヴィッヒさんもいらっしゃるんです、暴力はいけません!それに夫婦の問題に第三者が口をだすもんじゃありませんよ!」
「でもよ…!」
あの様子では、エリザベータは救われない。
泣き出しそうな姉の顔を浮かべて、ギルベルトは奥歯を噛んだ。
普段は何かと無理を言ってくる姉でも、ギルベルトにとっては唯一の姉だ。
泣き顔なんか見たくないし、めいっぱい幸せになって欲しい。そう思うのは当たり前ではないか。
「ええ…そうします」
エリザベータの落胆した声がする。
ギルベルトがもう一度菊の手を振り切ろうとしたその時。
「貴方の気が済むまで、私たちは待っていますから」
もう一度、ローデリヒの静かな声がして菊とギルベルトは思わず聞き耳を立てた。
「え…?」
二人がこっそり中を伺うと、立ち上がったローデリヒが何かの箱をさし出している。
「そういえば、ここ数年はいつも貴方に貰ってばかりでしたね…」
ローデリヒが自嘲気味に言って、エリザベータが怖々とそれを受け取った。そして、そっと蓋を開ける。
「これでよければ、好きなだけ作りますから」
そう言うローデリヒの顔を、エリザベータが見上げ、そして恐る恐る中を覗き込んだ。
「あ…!」
エリザベータが息を呑んだ。
「ザッハトルテ…!」
「だから、気が済んだらまた帰ってきてください。ずっと、ルートヴィッヒと待っていますから」
ローデリヒの顔を見るエリザベータの頬から、堪えきれずにぽろぽろ涙が零れ落ちる。
すぐに嗚咽を漏らす妻をローデリヒが抱き寄せるのが見えて、菊とギルベルトの二人はそこで中を伺うのをやめて、台所に引込んだ。




作品名:Family complex -2.14- 作家名:青乃まち