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劉公呉

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ただ恐ろしかった。覆い被さってくる身体を押し返そうと腕を突っ張ったところで、男はびくともしない。腕を捻りあげられた。敵うわけがない。逞しい男の腕は、容易に呉用の抵抗を抑え込む。
 晁蓋も戦う男だった。一兵士でありたいという願いを持ち続けていて、戦場に立ち続けた。それでも、これほどの威圧感を呉用に与えてきたことはない。寝台に組み伏せられても、怖くはなかった。否、恐ろしいことは恐ろしかったが、それは未知の行為に対する恐怖で、晁蓋に対する恐怖ではなかった。
 恐怖は常に晁蓋の関心を失うことの方だった。失望され必要とされなくなることに比べれば、閨で女の代わりを努めることなど、なんでもなかった。束の間、晁蓋の関心を独占できることに悦びさえ感じた。
 けれど、今自分を組み伏せているのは晁蓋ではない。覆い被さる男はひどく大きく見えた。身体の底から震えが走る。林冲。武勇は梁山泊一と言っていいだろう。
「宋江殿」
 助けを求めて見た顔は、底の知れない笑みを張り付かせている。林冲が自分になど関心を持つはずがない。宋江の命に違いないかった。
 はじめ執務室に顔を出した宋江は呉用に休めと言ったのだ。働き過ぎだとも言った。疲労を自覚していなかったわけではない。それでも呉用にはするべきことがいくらでもある。休めと言われて、はいと頷くわけにはいかなかった。呉用の仕事は誰にも肩代わりができない。肩代わりしてもらうつもりもない。
 宋江は呉用に眠れていないのではないかと言い、呉用が否定をすると、腕尽くでも休ませると言った。強硬な態度を怪訝に思わなかったわけではない。林冲に担ぎ上げられ、林冲を伴っていたのはそういうわけかと腑に落ちる反面、安道全から疲労の取れる薬でも処方してもらえば済むことだろうにと首を傾げた。
 仕事のあること、時間が足りぬことなどを訴えながら暴れたが、宋江に聞く耳はなかった。そうして運ばれたのは呉用の私室ではなく、宋江の私室だった。その先のことは悪い冗談だとしか思えない。林冲は不本意そうな顔をしている。呉用とて不本意なことに変わりはなかった。
「どうして」
 呟きに答えはなかった。押さえつけられた骨が軋んで痛い。容赦なく着物がはぎ取られていく。
 誰か。声を上げようとして思い留まる。人を呼んだところで、誰ならば宋江と林冲を止められるのか。梁山泊の頭領宋江を、梁山泊一の強者林冲を、誰が止められるというのか。
「晁蓋」
 止められるのは一人しかいないと思った。足をばたつかせ、晁蓋を呼ぶ。けれど応える声はなく、助けも来ない。
「嫌だ……、晁蓋」
 止めて。助けて。縋る声は涙に濡れていた。
「少々、悪ふざけが過ぎるのではありませんか?」
 場違いに静かな声に、戒めが緩んだ。呉用は瞬く。林冲の厚い身体に阻まれて声の主は見えなかった。
 もがき、林冲の身体の下から這い出る。そうして目に映った姿に失望しなかったと言えば嘘になるだろう。身体から力が抜ける。晁蓋はもういないのだ。そう、思った。
「公孫勝、手を離せ」
 林冲が唸る。
「それはこちらの台詞だ」
 公孫勝が宋江の首筋に刃物を当てていた。ひやりと肝が冷える。
「やめろ、公孫勝」
 林冲の腕をすり抜け、宋江に駆け寄ろうとするのを、誰かの腕が阻んだ。林冲ではない。見上げると劉唐だった。
「劉唐、呉用を部屋に連れて行け」
 声と同時に抱き上げられる。
「離せ。駄目だ、公孫勝、宋江殿は!」
「早く連れて行け」
 叩きつけるような声。劉唐がかすかに頷いた。連れ去られる。劉唐の襟首を掴んで揺さぶった。
「劉唐、公孫勝を止めてくれ。宋江殿しかいないのだ。梁山泊には、もう」
「わかっています。林冲殿の動きを一瞬止められれば良かったのです。宋江殿には傷一つつけませんから」


「犬め」
 公孫勝が吐き捨てる。迂闊に動くことはできない。刃物は宋江の首に当てられたままだ。
「宋江殿に命じられれば、誰彼構わず抱けるのか、おまえは」
「妬いておるのか」
 公孫勝が怒りを露にしている。それは珍しいことだった。にやりと笑ってみせる。犬と罵られても、そう悪い気はしなかった。
「おまえのような種馬に誰が妬くか。種馬は種馬らしく雌馬相手に盛っていろ」
「そう怒るな」
 思いがけずかわいらしい睦言を聞いたような気になる。公孫勝の無表情が崩れた。それだけで愉快だった。喉の奥で笑うと公孫勝の柳眉が跳ねあがる。眼差しは虫けらを見るようだった。
「呉用を、泣かせてやりたかった」
 唐突に宋江が言った。静かな声だ。公孫勝が怪訝そうに宋江を見た。宋江の眼差しは亡羊としている。先ほどから宋江は公孫勝のことも林冲のことも見ない。声も聞こえているのかどうか怪しかった。ただ呉用が連れ去られた扉をじっと見つめている。
「晁蓋が死んでも、呉用は私のように部屋に閉じこもることもできず、仕事に打ち込んでいた。いや、仕事に逃げ込んだのだ。晁蓋の死を受け入れていない。だから呉用は泣かぬのだ。声が枯れるほど呼んだところで、晁蓋は戻ってはこない。それを呉用にわからせたかった」
「では、芝居だった、と?」
「当たり前だ。でなければ、誰が」
 呉用は泣かなくてはならない。泣いて、晁蓋の死と向き合わねばならない。そう言って宋江は渋る林冲を説得したのだ。芝居だ、脅かすだけでいいのだ、と言われても、林冲は気乗りしなかった。弱い者虐めは性に合わない。けれど他の方法も思いつかなかった。両親を失った楊令のことも、林冲は棒で打ちのめすことしかできなかったのだ。
「貴様は黙っていろ林冲。馬が賢しげに人の言葉を話すな」
 公孫勝が憎々しげに顔を歪める。取り付くしまもない。八つ当たりも大概にしろと怒鳴りかけたところで宋江が口を開いて、林冲は言葉を飲み込んだ。
「初めて、晁蓋の名を呼んだ」
 声は公孫勝に聞かせるためのものではなく、独り言のようだった。宋江は呉用をどう扱ったものか、途方に暮れていたのかもしれない。公孫勝がため息を吐いて刃物を仕舞う。
「そういう企みは、私の耳にも入れておいてください。首を落としてからでは、遅い」
「そうだな」
 肩をすくめて宋江が笑う。到底刃物を突きつけられていたとは思えない。のんびりとした声だった。公孫勝に心情を吐露したことで肩の荷を降ろしたのかもしれなかった。
 正直なところ、林冲には宋江や公孫勝がそこまで呉用を気に掛ける理由がよくわからない。呉用は真っ先に晁蓋の死から立ち直ったように見えたし、それは冷淡で理屈屋の呉用らしい態度に見えた。
「やけに呉用の肩を持つのだな」
「呉用の代わりを誰が務められる。言っておくが馬にできるほど軍師の任は甘くはないぞ」
「馬、馬とうるさい奴だ」
「私は本当のことを言っているだけだ」
 呉用の代わりがいないことは確かだろう。だが晁蓋の死が呉用を毀すと決め付けた風なのが気にかかった。
「呉用は、大事な親友からの預かりものだ。慈しみたいと、思っている」
作品名:劉公呉 作家名:緑いも