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劉公呉

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 宋江が許しを求めるように公孫勝を見る。妻を請うときのようだと思った。晁蓋と呉用は単なる頭領と軍師の関係ではなかったのだ。ようやく腑に落ちて、林冲は宋江を見た。
 晁蓋にとって呉用は友であり、同志であり、妻のようなものであったのだろう。夫を亡くし未亡人となった女を、夫の兄弟や友人が娶るということはよくあることだった。
 呉用は梁山泊と共に宋江に託された。宋江も公孫勝も呉用がそれに耐えられるのか案じていたということなのだろう。察しはついたが、呉用を女のように扱うことには違和感を覚える。林冲の困惑を見抜いたように公孫勝が笑った。
「そういう相談はそこの朴念仁相手にしたところで無駄ですぞ」
「公孫勝。おまえなら呉用を泣かせてやれるか」
 宋江が真摯な眸で公孫勝を見る。公孫勝が薄く笑った。どこか自嘲めいているように見える。
「さて、どうでしょうな。しばらく劉唐をつけます。馬よりは、ましでしょう」
 その言葉を最後に公孫勝は消えた。


 己は涙など枯れ果てたと思っている。どれほどの血を流し、どれほどの部下を失っても、涙を流すことはない。それでも、長く泣かないでいると、血が凝り毒が溜まっていくような気がした。そんなときは劉唐の腕に身を委ねる。劉唐に抱かれていると枯れ果てたと思っていた涙が溢れるのだ。そうして泣いた後は、澱のように溜まっていた毒が消え、身体も軽くなるような気がした。
 だから宋江が呉用を思い切り泣かせてやりたかったという気持ちはわからないでもない。涙でしか洗い流せぬものは、確かにある。けれどその相手に林冲を選ぶなどということは、馬鹿げたことだった。公孫勝は林冲に抱かれていて涙を流したことなどただの一度もない。林冲にできるのは己の情欲を叩きつけることだけで、傷を癒すような器用さはどこにもなかった。
 苛立ちを拭い去れぬまま呉用の部屋に入ると、劉唐が縋るような目で公孫勝を見た。呉用は寝台にうつ伏せで横になっている。眠っていはいないようだ。気配が尖っていた。いい年をした男が、男に手篭めにされかけたのだ。気持ちはわからなくもなかった。
「劉唐、酒を持って来い」
 公孫勝に誰かを慰めるなどという器用な真似はできない。酔い潰して眠らせる以外の方法を思いつかなかった。
 呉用が梁山泊のためにどれほど手を汚したか。どれほどの重圧に耐えてきたか。ほかの誰が知らずとも、公孫勝は知っている。呉用には公孫勝や林冲のように宋に対する激しい復讐心はなかった。あるのはどこか子供じみた理想で、それは呉用のしてきたこととあまりにもそぐわない。
 寒村で子供相手に書物を読むのが似合いの気弱な教師だった。それが人を責め殺すようなことまでやってのけたのは、ひとえに晁蓋の夢を形にしたいというひたむきな想い故だ。
 総ては晁蓋のため、それだけのために平凡だが幸せな生活を捨て、手を汚してきた。だが晁蓋が倒れ、呉用は夢の中に独り残されたのだ。晁蓋が消えても、夢は覚めない。晁蓋の残した夢を壊すことは晁蓋の人生が無駄な足掻きだったのだと言うようなものだ。この先にどれほどの苦痛があろうとも、梁山泊を見捨て逃げることは呉用にはできないだろう。
 劉唐が酒を持ってくる。公孫勝は寝台の縁に腰掛けた。
「おい、呉用。酒だ。あんなことは飲んで忘れてしまえ」
 呉用は頑なに背を向けたままだった。苛立ちに突き動かされるように公孫勝は杯に注いだ酒を呷る。呉用の肩を掴んで、強引にこちらを向かせた。唇を合わせ、酒を注ぎ込む。唇を離すと、呉用が咽た。
「なにを」
 呉用はげほげほと咳をしながら恨みがましい目で公孫勝を睨む。目尻には涙が滲んでいた。
「晁蓋殿が死んだというのに、おまえはまだ泣いていない。思い切り、泣かせてやりたかった。と宋江殿が言っていた」
 呉用が絶句する。腕を突いてのろのろと起き上がった。
「私のための芝居だった、と?」
「らしいな」
「何を馬鹿な……。人を、なんだと」
 怒りのためか肩がわなわなと震える。
「まったくだ。林冲は後で私が殴っておく。宋江殿を殴ることは私にはできぬ。おぬしが殴ってやれ」
 ぽこりと、肩を殴られた。
「おい、私を殴ってどうする」
 呉用は俯いたまま、ぽかぽかと肩や胸を殴った。小柄でなんの訓練もしていない呉用の拳は少しも痛くない。
「もっと力を込めぬと相手に痛いと思わせることもできぬぞ」
 呉用の拳が、はたりと寝台に落ちた。肩が震えて、嗚咽が漏れる。
「呉用……」
 腕を伸ばして首筋に縋ってくる。先ほどの酒が少しは効いたのかもしれない。
 こういう役は劉唐の方が似合いだ。思って劉唐を伺うと、劉唐が視線を逸らせた。代わるつもりはないらしい。劉唐は晁蓋の死を史文恭の正体を見抜けなかった自分のせいだと思っている。呉用を慰める資格などないと思っているのかもしれなかった。
 呉用が泣き止む気配はない。公孫勝は途方に暮れる。熱い涙が肩を濡らした。宋江は泣かせてやりたかったと言ったが、実際に泣かれれば気まずさの方が先に立つ。
「おぬしは梁山泊の軍師なのだぞ」
 声になるのは慰めではなく、説教染みた苦言でしかない。これでは林冲を笑えぬと思う。
「そんな、ことは、わかって……だから、私は、」
「無理をしろと言っているのではない。おぬしはもう少し肩の力を抜いた方がいいと言っているのだ」
 今まで、うまく呉用の肩から力を抜いてきた晁蓋はもういない。呉用はこれからますます孤立するのだろう。軍師は孤独であるべきだ。そうは思っても暗澹とした気持ちは払拭できなかった。
 公孫勝を止めようとした呉用の悲痛な声が耳に蘇る。梁山泊には、もう宋江しかいないのだ。呉用は宋江に縋るしかない。どうしてか、その事実がひどく公孫勝を逆撫でた。宋江の頭領としての資質に不満があるわけではない。けれど呉用の上に立つことを思うと不足を感じた。
 晁蓋と酒を飲むことでやり過ごしてきた長い夜を、呉用はこの先どうやってやり過ごすのだろうか。呉用にかかる重圧を、宋江は少しでも和らげることができるだろうか。呉用の抱える深い喪失感を、少しでも癒すことができるのだろうか。
 呉用の顎を持ち上げる。頬を流れる涙を唇で掬い取った。ひくっとしゃくりあげた呉用が目を瞠る。わけがわからないという表情の呉用はひどく幼く見えた。瞬く。驚きのあまり一瞬止まった涙が、また零れた。
 涙でしか洗い流せないものが確かにある。けれど頬を零れる涙を見れば、止めてやりたいような気になった。

作品名:劉公呉 作家名:緑いも