MOMENT
「……えっ? 自分、知ってたん?」
「知ってますよ。去年、うざいぐらいアピールしてたやないですか」
「いやいやいや、でも、普通覚えてへんのちゃう?」
「そうですか。俺は覚えてましたわ。誕生日やのに、災難すね」
「まあ、しゃーないわ。金ちゃんほっとけへんのや、あいつ」
「……せっかくの誕生日やし、このまま終わるんも勿体無いし。付き合いましょか」
財前が手を差し出す。どういう意味だ、と考える前に、彼の手のひらが目に留まった。
財前の手のひらはまめだらけだった。白石の手のひらのようだ、と思った。頭の中で都合よく重なって、思わず手を伸ばす。
「謙也ーっ!?」
閉ざされていた門が開くと同時に元気な声が響く。謙也ははっとして振り向いて伸ばしかけた手を下ろした。財前の大きなため息が傍らで聞こえた。
「金ちゃん!」
「謙也ーなんでおるん!? 久しぶりやぁ!」
「久しぶりて……先週卒業式やったやん」
「金太郎、補習終わったんか」
「当たり前やん! 白石のおかげやわ」
「確かに今日中に終わるとか、奇跡としか言いようがないな……さすが白石部長や」
「財前、お疲れ。金ちゃん早す……」
続いて敷地内に足を踏み入れた白石は、財前、遠山の間に立っている謙也に気付くと、足を止めて固まった。肩からバッグがずり落ち、地面にぼすんと落ちた。
「お疲れ」
「えっ、ケンヤ……えっ? なんで?」
「え、ええやん、別に。ほな金ちゃん、財前、またな!」
白石の手を引いて走りだす。白石も慌ててバッグを拾い上げ、転びそうになりながらも足を動かした。
「えっ、ケンヤ……えっ!?」
「謙也ぁー、白石ー! 一緒にたこ焼き行こうやぁ!」
「金太郎、俺が付き合ったるから」
「ホンマ!? 今日の光やさしーなぁ!」
目を輝かせる金太郎の背を押して、財前もテニスコートを後にした。
「……ケンヤ?」
随分走った。ようやく走るのを止めた謙也だったが、歩くスピードは速い。謙也は一言も発さないまま、白石の手を引いて歩き続けた。
行き着いたのは謙也の家だった。家には両親がいて夕飯の支度をしているところだったが、謙也は「後でええから」と突っぱねると、真っ直ぐに2階の自室へ向かった。白石も軽く挨拶をしてその後に続く。
部屋のドアを開けて白石を室内へ引っ張り込むと、すぐさまドアを閉めて鍵をかけた。くるりと振り向いて白石に向き合うと、彼は未だに状況を把握しきれていない顔で謙也を見つめていた。
謙也は何も言わず、下唇を噛み締めた。そして、白石を睨むように見つめ、彼の体を抱き寄せた。
「……ケンヤ?」
「どあほ」
「ごめん」
「ええよ、気にすんなって言うたけど、ドタキャンされてホンマはいややった。いややったから、お前が出てくるん待ち伏せしてた」
「……ごめんな」
自分と遠山が同じ土俵にいるわけではないことはわかっている。けれど、やはり白石が遠山を選んだと思うと悲しかった。嫉妬とも言えるような感情も沸き起こった。そんな醜い自分が嫌で仕方なかったが、どうしようもなかった。
謙也の気持ちを酌むかのように背に白石の手が回され、強く抱き締め返される。痛いぐらいのきつさに安堵しながら、謙也は目を閉じた。
白石の腕が不意に緩められ、体を引き剥がされる。なんで、と不満げに白石を見ると、彼は相変わらず綺麗な顔で微笑んでいた。
「ケンヤ、誕生日、おめでとう」
「お、おう」
ほんの一瞬だったが、すっかり忘れていたことに何だかばつの悪い思いに駆られながら、謙也は目を逸らした。白石は微笑みながらも少し困ったように眉を下げた。
「一旦家帰ってからケンヤに会うつもりやったから、プレゼント俺んちやわ……取りに帰ってくる」
「ちょー待て!」
白石は謙也から離れてドアに手をかけたが、謙也は慌てて白石を背後から抱き締めた。
「ちょ、ケンヤ、どないしたん、今日は」
「プレゼントとか、今度でええ! 今度でええから、今日は帰んなや……あ、あかん……?」
白石は何も声を発さない。謙也が不安に押し潰されそうになった頃、白石は謙也の手を優しく解くと、体をくるりと反転させて謙也を正面から抱き締めた。
「……あ、あかんとか、言うわけないやろ」
白石の落ち着かない声が耳に吹き込まれる。
珍しく余裕のない白石を見るのは、何だか少し気分が良かった。思わず笑うと、何笑ってんねん、と脇腹を小突かれた。
「白石」
「ん」
唇を押し付ける。
……押し付ける、としか言いようがなかった。柔らかい弾力と体温とを一瞬感じ、すぐに離れた。白石は目を見開いて、呆けた表情で固まっていた。
「……今日は、これがプレゼントってことで、勘弁したるわ!」
照れ隠しに目を逸らして早口に告げる。耐えられなくなって離れようとすると、すぐに伸びてきた白石の手に捕らえられて引き寄せられる。
「ケンヤ」
「な、何や!」
「あかん。俺が勘弁してやれんわ」
「ハア!? ちょっ……おい、何やこれ、当たっとる!」
「ケンヤが悪いんやで……大丈夫、めっちゃくちゃ優しくするから」
「い、いややっ! あか、ん……っ」
今度は白石からキスをされ、先ほどの子どもじみたキスとは一転、欲情的なそれだった。ぬるりと口内で滑る白石の舌と、密着した場所からぴりりと電流が走り、スイッチが入る。
ここまできたらもう逆らえない。忍足謙也15歳、早々に諦めて素直に背後のベッドに倒れこんだ。