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昼の惑星

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クリスマスパーティーを、しよう。そういう年に一度の集まりを始めたのは、もう何年も前のことだった。今年もまた、そういう季節がやってきて、アメリカは倉庫を掃除しはじめる。パーティーのおわったあとは片付けなんて嫌になって、いつも倉庫の奥に乱雑に閉まってしまうから、また来年、再来年と、おなじようにあつまるたびに一からモールや、テーブルクロスを一人でさがしはじめなければならないのだ。とても憂鬱だった。倉庫のあちこちに押し込まれている普段使いもしないパーティーグッズを漁りだしてくる。テーブルクロスに紙ナプキン、グラスなどはかろうじて見つかったけれども、そのほか、新品のナイフやフォーク、探して見つからないものは買い出しに行かなければならない。それもやっぱり、自分がやるのだ。むろん自腹である。金を出せとは言わないが、せめて倉庫からものを引っぱりだしてくるのとか、そのくらいは誰か、ふたりと言わない、せめてひとりでも、手伝ってくれてもばちは当たらないのではないか、と、アメリカは思う。悪態をついて倉庫にちらばっている手近な段ボール箱を蹴っても、ナイフひとつ出てきやしない。もう、そうなると、本格的にうんざりしてくる。幹事を受け持つことは好きだが、準備と片付け、それから諸々の責任を放棄できないところはやっぱり、時折もて余してしまう。自分だって、適当に食べて、のんで、騒いで、素知らぬ顔をして帰りたい。だが幹事である以上、そういうわけにもいかないのである。ひとりでぼそぼそと倉庫からものを引っぱり出すその最中、さみしくもあるし、面倒でもある。なんでおれひとりが、と思うこともある。けれども、おれはヒーローだ、ヒーローはみんなを喜ばせなくちゃいけないんだ、そうみずからに言い聞かせることで、気負ってきた。両手でぱちんと軽く頬を叩いて、ひとつ、息を吐く。暗くじめじめとした倉庫のなかで、白い息は昇ってゆくのも目立つ。あとはナイフとフォーク、それに小皿だけだ。小皿は買いに行かねばならないとして、残りはナイフとフォークをこの荒れ放題の倉庫から引っ張り出してこねばならぬ。残りの必要なものを指折りかぞえて、とりあえず奥のあたりから見つけてきたパーティーグッズのたぐいを、いくつかの空いた段ボール箱につめる。そうして隅の方で二段、三段と積み上げた。…はーあ、だめだ、いったん休憩。なかなかどうして、気がおもい。のろのろとした動作で、倉庫の扉に手をかけた。扉の隙間から入り込む、しろい太陽の光が、やけにまぶしく感じられた。これほどまでに気分が滅入るのはきっと、始終、倉庫にたゆたう憂鬱な空気が、体にまとわりついてくるせいに違いない。

かつてのにおいの染みついた倉庫は、アメリカのもっとも嫌いな場所だった。ナイフやフォークを探そうとして、段ボールからかつてのマスケット銃や、あの男に仕立てられた、皺くちゃの古くさいスーツなどが出てくるものだから、もうたまらない。気分を入れ替えねばと、外の、光の粒をいっぱいに肺に吸い込む。誰か、誰かを呼ぼう。一緒に作業してくれるひとがいるならば、かつてのマスケットやスーツなんてくだらないもの、気にならない。ひとりでするから、感傷にひたってしまうのだ、アメリカはそう考え、しかし、感傷ってなんだ、べつに俺は感傷にひたっているわけじゃない、ただあの男の顔を思い出して、不愉快に思ってしまうだけさ、とぶるぶるとかぶりを振った。感傷なんて気味の悪い。反吐が出そうだ、と思う。そうして、まるであの男そのものじゃないか、と唾でも吐きたいような気分になるのだった。
たとえばだれかを呼ぶのならば、あの男やロシアなんかは話にならない、フランスはきっと目的を脱線してひとのものを好き勝手荒らし出すに決まっている。イタリアは役に立たなさそうであるし、日本はいつもこの時期、せわしなくしているので、呼んだところでくまだらけの目を重くするにちがいない。そういう消去法だった。ろくな人間がいなかった。ドイツしか残っていなかったのである。じじつ、あのひとはきっとこういうたぐいに向いている。もくもくと言いつけたものを探し、ひとのものを荒らさずに、イタリアみたいにこんなことで俺を呼ぶな、といって、それでもたぶん、甲斐甲斐しく接してくるのだろう。それはすこし面倒な気もしたが、不愉快ではないなあと思った。携帯電話を取り出して、ひとつ息を吐く。ぱくぱくと心拍が上がりはじめる。なにを自分はそんなにかたまっているのだろう、たかだかドイツじゃないか。なぜか震えてくる指先でドイツのアドレスを探す。ドイツ、ドイツ、…見つけた。どうしてだか、見つけてはいけないような、そんな不思議と背徳的なきもちだった。件名は緊急事態、やばいよドイツ!俺んちまで今すぐ来てくれ!冗談めかしたような本文でそのひとに送信する。なぜ、こんな伝書鳩で、恋文でも送っているような錯覚を覚えるのだろう。そういえばドイツに私信など、したことがなかったのをアメリカはふと思い出す。そうして数分後、わかった、とだけ慌てたように返ってきた。アメリカはそれをどこか安心したような面持ちでみつめて、携帯電話をジャケットに忍ばせた。糸がゆるんだように、またひとつ息を吐きだす。そうして寝室のほうに赴いた。ドイツがここに至るまでの数時間のあいだ、少し眠っていようとしたので。

つぎにアメリカが目をさましたとき、ドイツはすでにアメリカの家の門の前まで出むいていたようであった。幾度と響くチャイムの音と、携帯の着信音で覚醒した。まずい。アメリカは寝癖で反り返った髪をワックスで整えて、あわてて門まで走っていく。ごめんよドイツ!幾分寝ぼけた声であったことは、自覚していた。ごほんとひとつ咳払いをしても、もう遅い。おまえ、寝ていたな。ドイツの表情はすっかりあきれていた。君が来るまでの間うとうとしていたら…すっかりね。茶目っけを含ませて笑っても、眼前の男はごまかせない。5分遅刻だ、国としてそれはあるまじきことだと理解しているのか!たかが5分されど5分、遅刻は許されるものではないのだぞ、まったく、緊急事態というから慌ててきてみればいつまでたってもお前は出てこないし、明らかに緊急ではないじゃないか!だいたいお前はそうやっていつもいつも……えらく長引きそうな、その息も途切れぬ説教を反省もそこそこにまだ終わらないのだろうかと、ぼんやりと聞いていた。ともすればまったくの上の空であった。まったく…それで、何の用なんだ。ようやく終わったか、と喉につかえた言葉を引っ込めて、アメリカは愛想よく笑う。ちょっと手伝ってほしいことがあってね。君がまさしく適任なんだよ!ドイツにメールを送ったときのようなぎこちなさは、アメリカのなかでもうすっかりなくなってしまっていた。
作品名:昼の惑星 作家名:高橋