昼の惑星
適任、とはこれか。倉庫のほこりっぽさにドイツがかすかに咳込む。重い倉庫の扉を引くと、光の粒に反射してほこりが舞っているのがよく見えた。ひとりでやるのは憂鬱でね。きみだって参加するパーティーなのだから。…とりあえず、ナイフと、フォークを探してほしいんだ。もちろん新品のね。重みで扉が閉まってゆく。冬の太陽の、そう明るくはない光が遮断される。倉庫の薄暗さはアメリカをまた、憂鬱なきぶんに誘い込んだ。どちらにせよあまり長居したくない場所であった。そういう空気をはらんだ場所であることに、ドイツも薄く感づいていた。
ドイツがごそごそとし始めたのを皮切りに、アメリカも手当たりしだいの段ボール箱をあさってゆく。ここも、あちらも、だいたいのところは探し終わっている。あとはそのあたりかな、と足元に転がっている段ボール箱を蹴って、奥のほうにせまる。ごそごそとよく見えない段ボール箱の中身を手探りで探し当て、なければまた別の段ボール箱の中身を探し当てる。そういう作業の繰り返しであった。数十分過ぎれば、やはり飽きが生じてくるような、うんざりするような作業である。アメリカはもはやクリスマスパーティーなどどうでもいいような気になりながら、いくらかの段ボール箱の中からようやっと探し当てた鉄製のフォークを握りしめて、ちらりとドイツの方を見た。そっちはどうだい?…いや、まだ何も。そのままぼんやりとドイツの横顔に視線を忍ばせていた。きれいな横顔だなあ、と、そういう考えが無意識に頭のほうをよぎる。さきほどの妙な錯覚が、生々しくよみがえってくる。…ちょ、っと、何を考えてるんだ、俺は!あんな無骨な、それも男に!感づかれぬようにそうっと自らの頬を叩く。しかしながらアメリカは、そうしたあいだにも彼から目をはなせずに、いた。…ん、アメリカ?視線に気づいたそのひとが、こちらに目をこらしている。薄暗いなかでも、爛々と照っているその、青白い瞳。音さえない暗がりで、まるでそこだけが輝く、惑星のようだった。ばっと背を向ける。な、なんでもないよ!目のまえがぐるぐると回るような感覚をおぼえる。手のひらに汗をかいている。一目散にまた、段ボール箱のなかをあさりはじめると、手のひらに妙な違和感をかんじた。なんだこれ。そのえたいのしれないものを握って、そのまま一気に手を引き抜く。長いこと段ボール箱のなかの、がらくたに手を埋めていたものだから、圧迫された手首がわずかに鬱血していた。そうして、そっと手をひらくと、いくつかの、ビイ玉が握られている。こんなところにあるということは、おそらくもう何百年も昔のものだ。というのに、一点の濁りさえ生じていない。何かおぼえがある。映写機のフィルムを巻くように、からからと記憶をたどってゆく。…ああ、そうだ、大昔の。それはかつて、兄のような男だったひとにもらったものであった。おまえの瞳にそっくりだ、濁りのない、美しい青だ。そうやって男がこれを握らせたのをおぼえている。男との、唯一美しかった思い出であった。
そうやって少しの間、ビイ玉をかざしていた。すうと青白く透るビイ玉の根底は、ドイツの瞳によく似ていると思った。ナイフは見つかったぞ。ドイツの声が倉庫によく響くので、アメリカは一瞬驚いて、そうしてふたつ、ビイ玉をジャケットに忍ばせた。
ドイツ、少しお茶でもしていかないかい?太陽の低い、冬の空気をはらんだ風が吹き抜けて、アメリカは少し笑顔を引きつらせる。すまないな、俺もまだ仕事が残っていて。…そう、残念だ。悪いかったね、わざわざ呼びつけて。気にしないでくれ。ただし今後遅刻には気をつけるように。そうやってまるでビジネスのような、社交辞令のような会話を少し交わした。門のほうまでドイツの背を見送る。ドイツ、これ。お礼…とは言えないようなものだけれど。後ろ手にやっていたドイツの腕をひいて、手のひらにさきほどのビイ玉をひとつ落としてやった。ドイツがすこし、困ったような表情でこちらに視線を寄越す。なんだ、これは。さっき見つけたものなんだけれど、それ、きみの瞳によく似ているでしょ。あげる。きみがもつのにふさわしい。無骨そうな頬から、高い鼻の頭まで赤くしているどいつが、はあと白い息を吐いた。ありがとう。そういってドイツは薄くわらった。白い息が冬の太陽に向かってのぼっていく。アメリカは視線を落として、長いコートの裾がたゆたうのを、じっと見つめていた。じゃあまた、そう言ったドイツの後ろ姿をなぜだか惜しい、と思った。うつくしい、とぼそりと呟く。無意識に口をついたことばだった。思わずはっとして視線をあげると、驚いたふうに彼がちらりとこちらを向くので、あわてて口ごもって、それからいつもの調子でさよなら、と笑った。ドイツの背中が見えなくなるまでぼんやりと見つめがら、アメリカは思う。別れ際、薄く笑ったドイツの瞳孔のその奥はいったいどんな色なのだろうと。手元にひとつ残ったビイ玉を、冬の太陽にかざす。青白くまたたく彼の瞳は、まるで昼間の惑星のようだった。
昼の惑星 ( 20120111 / 米×独 )
by,reqest - thanks!!