Family complex -星を見た日(仮)-
ルートヴィッヒは途中で眠ってしまったようだ。
普段なら、もう布団の中にいる時間なのだから仕方がない。
片付けを終え、ルートヴィッヒを背負ったギルベルトは「すっげー重くなったなあルッツ」と星明かりの中で笑っていた。出産の時にも立ち会ったというのだから、実際に成長を感じると感慨もひとしおなのだろう。
そのやさしげな顔が、どこか父親を思わせて菊は胸が詰まるのを覚える。
彼くらいの年齢ならば、もう親になっていても全くおかしくはないし、ルートヴィッヒへの接し方を見ていれば、短い時間であっても、ギルベルトが子供好きというのは明らかだった。
普段は我が侭で言い出したら聞かないし、いつまで経っても悪童のようだけれど、本当はとても深い懐を持った男だ。
結婚して子ができればさぞいい父親になるだろう。
菊のように、彼に何も与えてやれず、あとは老いて朽ちて行くだけのつまらない男は彼に相応しくないと常々思うのだ。
彼に愛を、家庭を、子を与えられるような、もっと伴侶に相応しい人など沢山いるだろうに。
「おー、まだ流れてら!」
公園を横切ると、空を見上げたギルベルトは楽しげに口笛を吹いた。
「きれいですねえ」
菊も横に並んで見上げる。
流れ星だけでなく、頭上には銀色の星々がたくさん煌めいている。
「…菊」
「はい?」
呼ばれてそちらを見ると、ギルベルトは空を見上げたままで静かに言った。
「また来ような」
早いもので、ルートヴィッヒの両親が帰って来るまで、残りあと5日足らずだ。
ギルベルトがアパートに帰らず菊の家にずっと居るのも、ルートヴィッヒが知らない家で一人というのは気の毒だからということになっているから、3人が毎日衣食住を共にするのはあと5日ほどで終わってしまうのだ。
「ええ」
そんな寂しさと暖かさを噛み締めて、菊は頷いた。
不確かな約束だとしても、そう言ってくれるだけで十分に嬉しかった。
ギルベルトは「よっ」と一声出してルートヴィッヒを背中に背負い直すと、おもむろに屈んで、次の瞬間菊の唇に口付けた。
「!」
「約束な」
目を丸くして思わず顔を見上げると、ギルベルトは明後日の方を向いて頬を指で掻いている。
「流れ星の間にキスしたら、願いが叶うからよ」
そして、独り言のような言葉を言ってさっさと歩き出してしまった。
菊は赤くなっているだろう頬を持て余しながら、未だ口づけの感触の残る熱い唇にそっと手をやった。
「…そんなの、聞いた事ありませんけどね」
ふふ、と思わず笑みが漏れる。
たしか、キスではなくて願い事3回ではなかったか?
彼の話は聞いた事がなかったが、その願いが叶えばいいと菊も思う。
もし叶うなら、この温かな日々がずっと続きますように。
菊は切に願いながら、小さな身体と大きな背中を追いかけた。
胸の中に、まだ今夜の星がきらきらと降っているようだった。
fin.
12.1.12 改訂、ノベリストに掲載
作品名:Family complex -星を見た日(仮)- 作家名:青乃まち