梅花
大晦日の夜に、銀時は桂の隠れ家にやってきてそのまま泊まった。
そして翌日、朝餉を済ませた後、二人は初詣にゆく事にした。
家主にそれを告げる。桂はこの家の二階を潜伏先として借りているのだ。
すると、家主の内儀であるお昌が引き留めた。
「今、神社は人でごった返しているに決まってます。桂さん、そのままの格好で行ったら、まずいのでは……」
桂は一応、指名手配犯である。お昌が気にするのも無理はない。
「では、変装しよう」
変装するのには慣れている。
しかし、托鉢僧姿で神社に行くのは変だろう。となるとやはりアレか。
桂はそう判断して二階に引き返そうとすると、銀時が待ったをかける。
「キャプテンカツーラはやめとけ。かえって目立つ」
桂の考えをすっかり読んでいる。
キャプテンカツーラの変装を気に入っている桂は、小首を傾げて銀時を見た。
「そうか?」
「そうだ」
銀時は重々しく頷く。実はキャプテンカツーラを連れて歩きたくないだけなのだが、それに桂が気づくはずもなく。
では、どうするか。桂は思案する。
その時、お昌が桂のほうに一歩近づいた。
「私にいい案があります」
そう言って、にっこり笑う。
なぜか、桂は嫌な予感がした。
「……どうしてこうなるんだ」
神社へと向かいながら、桂がぶつぶつ文句を言っている。
隣を歩く銀時は桂を横目で見て、そりゃ文句も言いたくなるよなァ、と思う。
桂は女装していた。否、させられていた。
しかも、華やかな振り袖姿である。長い黒髪は結い上げられて、簪が差してある。その上、顔には化粧まで施されている。
それらは全部お昌がした事だが、彼女はずっと楽しそうだった。まるで人形遊びでもしているかのように。
「まあ、そんなに気にするな」
銀時はとりあえずなぐさめておく。
しかし、あやうく「似合ってるから」と言いそうになって、慌ててその台詞を呑み込んだ。そんな事を言えば、桂が烈火のごとく怒るのは眼に見えている。
実際、桂にはよく似合っていた。
男が女の格好をしているのに違和感がない。むしろ、美形の女にしか見えない。
これが指名手配犯の桂だとは誰も思わないだろう。それが目的なのだから、いい手だったと言える。
だが、桂の恋人と言えるかも知れない(弱気)自分としては、複雑な気分だ。嬉しいような、嬉しくないような。
「気にするな、だと? これが気にせずにいられるか。だいたい、お前、あの時、ちっとも助けてくれなかったではないか」
八つ当たり気味に、桂は銀時に食ってかかる。
銀時は首をボリボリと掻いた。
「あー、だって、女を敵にまわすの恐ェもん」
銀時のまわりには強い女性が多い。彼女たちに逆らうとどうなるのか、身に染みてよく分かっている。
「薄情者」
桂は冷たく言い捨てた。
両側に屋台が立ち並ぶ参道は、予想通り混み合っていた。
行く人々、帰る人々、それぞれの流れが一本の参道の上にあった。そのゆるやかな流れに乗るように、桂たちは歩く。
四方八方、間近に人がいる状態で、視界が狭い。
窮屈な思いをしながら進んでいるうちに、ふと桂は、隣を歩いていたはずの銀時がいない事に気づいた。
はぐれてしまったらしい。
だからといって心細くなったりはしないが、放っておくわけにもいかない。桂はあたりを見渡した。
その時、誰かに腕をつかまれ、引っ張られる。
どうせ銀時だろうと思い、桂は逆らわずについて行った。
流れを横切って、人と人の間に割り込むように進んでゆく。何度か身体と身体がぶつかった。
ようやく屋台の軒下に出た。人の群から抜け出せて、肩の荷がスッと降りた気分だ。
桂は自分の腕をつかんでいる手を見た。
着衣が銀時のものと違う。
え、と思って、視線を上へと移動させ、顔を見る。
もちろん銀時ではなかった。それどころか桂の記憶の中には存在していない顔だった。
誰だ、コイツ。