梅花
「ねえ、一人で来てるの? だったらさァ、俺と一緒に行かない?」
眼の前の男は、妙に馴れ馴れしい様子で話しかけてくる。
はあ? と桂は思う。
自分は一人で来たわけではない。
それに、仮に一人で来ていたとしても、どうしてこの見ず知らずの男と一緒に行かなければならないのか。
状況がよく理解できない。
ふいに、桂の背後に誰かが立った。
「俺の連れになんか用?」
銀時の声だ。脅すような響きがあった。
振り返って見ると、銀時は眼光鋭く男を睨みつけている。つられるように桂も男のほうを向くと、男は引きつった表情を浮かべて凍りついていた。
なぜ銀時がこんなに敵意をむきだしにしているのか、桂には分からない。
「さっさと、その汚ねェ手どけろ」
怒気をにじませて銀時が命令すると、男はギクシャクとした動きで桂の腕から自分の手を退けた。
そして、銀時は桂の肩に腕をまわす。
「行くぞ」
そう言って、馬鹿力で桂の身体の向きを変えさせた。
桂は銀時に肩を抱かれたまま、人の流れの中へと戻る。
「銀時」
「なに」
呼びかけて返ってきた声は不機嫌そのものだった。
「別にあの男の手は汚れていなかったぞ?」
先程感じた疑問を口にすると、銀時は桂の肩から手を放し、ギロリと桂を見た。
「お前、ニブいのもたいがいにしろ。ていうか、もっと気をつけろ」
「なんだと? 貴様、俺のどこが鈍感だというのだ!」
「戦略を練っている時以外の全部。お前ェの頭は悪だくみする時以外は動かねーのか?」
「失礼だな。俺の頭はいつでも正常に動いている」
「だったらなんで、知らねー男について行くんだよ」
「あれは貴様だと勘違いしたからだ!」
そう叫ぶ桂の手を、銀時はつかんだ。
桂はムッとして振りほどこうとするが、銀時の力のほうが強くてうまくいかない。桂は並大抵の男よりも力があるのだが、その桂よりも遙かに銀時のほうが力が強い。銀時と対等、もしくはそれ以上の力の持ち主は、桂の知る限りでは、西郷特盛くらいしかいない。
力負けした事でますます腹を立てている桂に、銀時は言う。
「他の男と俺を間違えるな」
「なんだそれは!」
すかさず桂は言い返す。
だが、銀時はなにも言わず、桂の手を強く握りしめる。
返答はないし、手は放してもらえそうにない。
くやしいが仕方ないので、銀時と手をつないだまま歩き続ける。
もちろん、まわりを素知らぬ顔で歩く人々が二人の痴話喧嘩を否応なしに聞かされて呆れている事など、桂はまったく感じ取っていなかった。
「あ、おみくじ引こーぜ」
神札授与所のほうを見て、銀時が言う。明るい声だった。
機嫌が直ったかと、桂はホッとする。
ならば、いい加減、手を放してくれないだろうか。
そう桂が願うのと裏腹に、銀時は桂の手をグイグイ引っ張り、神札授与所のほうへ連れてゆく。
おみくじを引く時になって、ようやく銀時は桂の手を解放した。
銀時が景気よくガシャガシャと筒を振っている間に、桂はあっさりと引いてしまう。
出てきた棒に記された番号を巫女に告げて、おみくじを受け取る。
桂が引いたのは「小吉」だった。
一番の関心事はやはり攘夷が果たせるのかどうかである。桂は「願望」という項目に眼をやる。そこには、「困難を極め時間はかゝれども いづれ叶ふ」とあった。困難な事は承知の上だし、時間がかかる事も覚悟している。叶うと告げられて、桂は嬉しかった。
他の項目にはあまり興味がなかったが、一応すべてに眼を通す。
そして、「縁談」の項目を見て、うっと小さく呻いた。
そこには、「しつこいくらいに愛される 諦めよ」とあった。
嫌な運勢だ。桂はそう思った。