Magic Word
計画は完璧だった。
・・・いや、そのはずだった。
スケジュールもきっちり決めて、
レストランの予約も済ませた。
プレゼントも用意したし、あとは当日を待つばかりだった。
少しだけ体調が悪い気もしたけれど、
ただの疲れだから何ということはない。
病は気からと言うし、体調管理も仕事の内だ。
頭の中で彼女の喜ぶ姿を思い描いて、
それが見られるならば何とか出来ると思っていた。
―――そう、目が覚める、その瞬間までは。
[ Magic Word ]
―――…ポーン………
虚ろな意識の中で、インターホンの音を聞いた気がした。
まだはっきりしない頭で、時間を確認しようと枕元の携帯電話を探す。
―――ピンポーン…
手探りで携帯を探していると、またインターホンが鳴った。
どうやら気のせいではなかったらしい。
まだアラームも鳴っていないはずだ。
こんな朝早くから来る非常識な人間は誰だろうと
思いながら身を起こそうとするけど、何となく体が重い。
そしてやっとはっきりしてきた視界で携帯を見ると、
そこには10回近く着信履歴が残されていた。
不思議に思って時間を見て、急激に目が冴えた。
瞬時に、チャイムの主も誰かわかった。
―――ピンポーン…
3回目のインターホンが鳴って慌てて出ようとするけれど、
足がもつれて危うく転びそうになる。
何とか持ち直して玄関まで辿り着いてドアを開けると、
そこにはやはり、予想通りの人物がいた。
「すみません春歌寝坊し―――…」
『あ、良かった。一ノ瀬さん無事だったんですね!』
目の前の人物―――春歌は、怒りもせずに安堵の表情を浮かべた。
とりあえず部屋の中に入ってもらったけれど、
春歌は私の顔を不思議そうにじっと見つめていた。
「すみません、まさかこんな日に寝坊するなんて………
私としたことが1時間もあなたを待たせるなんて………」
『いいんです、一ノ瀬さんが無事なら。
一ノ瀬さんが遅刻なんて珍しいんで何かあったんじゃないかって
心配だったんですけど、何もないなら良かったです。』
そう言って、彼女は穏やかに笑う。
通常であれば1時間も待たされたと怒っても良いところなのに、
怒るどころか私の身を心配するところがやっぱり彼女だな、と思う。
「すぐに支度をするので、もう少しだけ待っていてもらえますか?
10分…いや、5分で支度するので―――…」
『一ノ瀬さん。』
話を遮り、春歌が服の裾を引っ張った。
振り返るとジェスチャーで少し屈むように言われて、
何なのかと思いながらも素直に彼女に目線を合わせた。
「・・・・・・春歌?」
彼女は黙ったまま私の額に自分の額をくっつけた。
そして数秒してから離してじっと私を見つめてきた。
「春歌、どうしたんです?
早く支度をしないと、ただでさえ遅れてしまっているのに―――…」
『一ノ瀬さん、今日はお家でゆっくりしましょう。』
「え?」
一瞬耳を疑った。
表情を見る限り冗談を言っているわけではなさそうで、
でも、本当だとしたらわけがわからない。
「何を言っているんです?
今日はせっかくのあなたの誕生日なんです。
レストランだって予約して、デートのプランも―――」
『一ノ瀬さん、本当は体調良くないですよね?
熱もあるみたいですし、だから今日はお出かけはやめましょう?ねっ?』
「ですが今日はっ―――」
『一ノ瀬さん。』
なおも言い募ろうとした私に、
彼女は珍しく強い口調で言葉を発した。
その表情は、怒っているような、泣きそうなような、
とても一言では表せないような複雑な表情をしていた。
『一ノ瀬さんの私のお祝いをしようとしてくれる気持ちは嬉しいです。
すっごくすっごく嬉しいし、私も楽しみにしてました。
けど、私はそれ以上に、一ノ瀬さんの方が大切なんです。』
「春歌………」
『これは私からのお願いです。
今日はお出かけはやめて、お家でのんびり過ごしましょう?』
「ですが、せっかくのあなたの誕生日なんです。
これくらい平気です。何とかなります。
それよりも、あなたの誕生日というのは1年に1度しかないんです。
あなたが生まれてきてくれたから、私はあなたと出会えた。
だから、きちんとお祝いがしたいんです。」
『お祝いだったらいつでもどこでも出来ます。
一ノ瀬さんのお祝いしたいって思ってくれてる気持ちや、
その言葉だけでも私は十分嬉しいです。』
「ですがそれではっ―――…!!」
話は、一向に終着点が見えそうになかった。
思わず語気を荒げそうになり、
これではいけないと慌てて口をつぐんだ。
「・・・・・・」
『・・・・・・』
彼女も言い合いになりそうな空気を察したのか、
お互いにしばらく黙ったままだった。
ほんの数秒で私の体調を見抜いたことに対する驚きもあったけれど、
それ以上に、こんなにも強く主張する彼女は、あまり見たことがない。
仕事の時はもちろん真剣だから、意見がぶつかることもあるけれど、
プライベートではいつもその名の通り春のように穏やかで、
こんな風になることなんて滅多にない。
・・・いや、そのはずだった。
スケジュールもきっちり決めて、
レストランの予約も済ませた。
プレゼントも用意したし、あとは当日を待つばかりだった。
少しだけ体調が悪い気もしたけれど、
ただの疲れだから何ということはない。
病は気からと言うし、体調管理も仕事の内だ。
頭の中で彼女の喜ぶ姿を思い描いて、
それが見られるならば何とか出来ると思っていた。
―――そう、目が覚める、その瞬間までは。
[ Magic Word ]
―――…ポーン………
虚ろな意識の中で、インターホンの音を聞いた気がした。
まだはっきりしない頭で、時間を確認しようと枕元の携帯電話を探す。
―――ピンポーン…
手探りで携帯を探していると、またインターホンが鳴った。
どうやら気のせいではなかったらしい。
まだアラームも鳴っていないはずだ。
こんな朝早くから来る非常識な人間は誰だろうと
思いながら身を起こそうとするけど、何となく体が重い。
そしてやっとはっきりしてきた視界で携帯を見ると、
そこには10回近く着信履歴が残されていた。
不思議に思って時間を見て、急激に目が冴えた。
瞬時に、チャイムの主も誰かわかった。
―――ピンポーン…
3回目のインターホンが鳴って慌てて出ようとするけれど、
足がもつれて危うく転びそうになる。
何とか持ち直して玄関まで辿り着いてドアを開けると、
そこにはやはり、予想通りの人物がいた。
「すみません春歌寝坊し―――…」
『あ、良かった。一ノ瀬さん無事だったんですね!』
目の前の人物―――春歌は、怒りもせずに安堵の表情を浮かべた。
とりあえず部屋の中に入ってもらったけれど、
春歌は私の顔を不思議そうにじっと見つめていた。
「すみません、まさかこんな日に寝坊するなんて………
私としたことが1時間もあなたを待たせるなんて………」
『いいんです、一ノ瀬さんが無事なら。
一ノ瀬さんが遅刻なんて珍しいんで何かあったんじゃないかって
心配だったんですけど、何もないなら良かったです。』
そう言って、彼女は穏やかに笑う。
通常であれば1時間も待たされたと怒っても良いところなのに、
怒るどころか私の身を心配するところがやっぱり彼女だな、と思う。
「すぐに支度をするので、もう少しだけ待っていてもらえますか?
10分…いや、5分で支度するので―――…」
『一ノ瀬さん。』
話を遮り、春歌が服の裾を引っ張った。
振り返るとジェスチャーで少し屈むように言われて、
何なのかと思いながらも素直に彼女に目線を合わせた。
「・・・・・・春歌?」
彼女は黙ったまま私の額に自分の額をくっつけた。
そして数秒してから離してじっと私を見つめてきた。
「春歌、どうしたんです?
早く支度をしないと、ただでさえ遅れてしまっているのに―――…」
『一ノ瀬さん、今日はお家でゆっくりしましょう。』
「え?」
一瞬耳を疑った。
表情を見る限り冗談を言っているわけではなさそうで、
でも、本当だとしたらわけがわからない。
「何を言っているんです?
今日はせっかくのあなたの誕生日なんです。
レストランだって予約して、デートのプランも―――」
『一ノ瀬さん、本当は体調良くないですよね?
熱もあるみたいですし、だから今日はお出かけはやめましょう?ねっ?』
「ですが今日はっ―――」
『一ノ瀬さん。』
なおも言い募ろうとした私に、
彼女は珍しく強い口調で言葉を発した。
その表情は、怒っているような、泣きそうなような、
とても一言では表せないような複雑な表情をしていた。
『一ノ瀬さんの私のお祝いをしようとしてくれる気持ちは嬉しいです。
すっごくすっごく嬉しいし、私も楽しみにしてました。
けど、私はそれ以上に、一ノ瀬さんの方が大切なんです。』
「春歌………」
『これは私からのお願いです。
今日はお出かけはやめて、お家でのんびり過ごしましょう?』
「ですが、せっかくのあなたの誕生日なんです。
これくらい平気です。何とかなります。
それよりも、あなたの誕生日というのは1年に1度しかないんです。
あなたが生まれてきてくれたから、私はあなたと出会えた。
だから、きちんとお祝いがしたいんです。」
『お祝いだったらいつでもどこでも出来ます。
一ノ瀬さんのお祝いしたいって思ってくれてる気持ちや、
その言葉だけでも私は十分嬉しいです。』
「ですがそれではっ―――…!!」
話は、一向に終着点が見えそうになかった。
思わず語気を荒げそうになり、
これではいけないと慌てて口をつぐんだ。
「・・・・・・」
『・・・・・・』
彼女も言い合いになりそうな空気を察したのか、
お互いにしばらく黙ったままだった。
ほんの数秒で私の体調を見抜いたことに対する驚きもあったけれど、
それ以上に、こんなにも強く主張する彼女は、あまり見たことがない。
仕事の時はもちろん真剣だから、意見がぶつかることもあるけれど、
プライベートではいつもその名の通り春のように穏やかで、
こんな風になることなんて滅多にない。
作品名:Magic Word 作家名:ユエ