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お節介な贈り物

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 香穂子が理事長室に呼び出されたのは、二学期の終業式を迎える三日前のことだった。
「クリスマスコンサートのゲスト奏者……ですか?」
「旧い知り合いに頼まれてね。コンサートは二十五日の夜に開催される。何しろ開催が急遽決まったものだから、演奏者が足りなくて、困っているらしい」
 急な話――で済まされるようなレベルではない。
 事務的な口調で、一方的にコンサートの概要を告げる吉羅に、香穂子は困惑した目を向けた。
「……どうして私、なんですか?」
「先月――君たちが文化祭で行ったアンサンブルコンサートを先方がたまたま聴いていたらしくてね。特に君の演奏をいたく気に入って、是非、お願いしたいと懇願されたんだ。私も立場上、断れなかった」
「そんな……急に言われても……」
 突然の依頼に、少女は動揺を隠しきれず、あらぬ方向に目線を泳がせる。デスクに置いた両手の指を組むと、吉羅は不敵な笑みを浮かべた。
「君たちのコンサートの翌日になるし、疲れているのは重々承知だ。練習時間も十分には取れないだろう。だが、学院のためにもひとつ、協力願えないかね?」
「でも……」
「演奏曲は君に一任する。何、チャリティーイベントだから、気楽に楽しんで演奏してもらえれば、それで構わない」
 最初から断る選択肢を与えずに、じりじりと詰め寄る吉羅の手腕は巧みで狡い。その強引さを肌で感じているからこそ、香穂子もきっぱりと拒絶できず、ついには根負けして首を縦に振った。
「……分かりました。私の音楽で喜んでもらえるのなら、お手伝いさせていただきます」
「そうか。有り難う」
 仏頂面がほんの少し、緩んだように見えたのは、果たして気のせいであろうか。
「はい……」
 それにどんな形であれ、音楽に触れる機会が増えるのは、香穂子にとっても喜ばしいことであった。ヴァイオリンを弾くことは、何物にも代え難い幸せを彼女にもたらす。
 唯一、同列か、それ以上の例外があるのだが、今はまだ秘められた関係であるが故、深く望まないように心がけていた。その秘密の片割れを担う共犯者は、部屋の隅で腕を組んで、静かに自分たちを見守っている。
「……まずは、君たちのコンサートを成功させる方が先になるね。せいぜい実力を見せつけて、理事連中の度肝を抜いてくれたまえ」
「はい、頑張ります」
 ここが正念場だ。
 普通科と音楽科――学院の分裂を阻止するためにも、アンサンブルコンサートは絶対に成功させなければならない。
 そのための練習は十分すぎるほど重ねてきたつもりだが、予断は許されない状況だ。練習を重ねれば重ねるほど、新しい問題が増える。幾ら時間があっても足りないというのが、メンバーの本音だった。


 ――話を持ちかけた相手の熱意は本物だと信じたいが、半分は吉羅の詭弁に違いない……。

 白衣のポケットに手を突っ込んで、壁に寄り掛かった金澤は、心の中で苦々しく呟いた。
 どんな小さなきっかけであれ、「彼女」の音楽が学院にもたらす宣伝効果を最大限に利用する――吉羅暁彦とはそういう男だ。
「……で、どうして俺まで呼ばれたんだ、吉羅さんよ……?」
 話がまとまったタイミングを見計らって、理事長室のオブジェに溶け込みそうになった金澤が、不満そうに口を開いた。
「それは金澤さんに、日野君の引率をお願いしたいからですよ」
 淡々と言うと吉羅はデスクの一番上の抽斗を開けて、中から一枚の封筒を取り出す。指を添えてそっと置くと、金澤に受け取れと目で合図した。
「はぁ……?」
 くたびれた音楽教師は、ようやく壁に別れを告げて、頭をかきながらデスクに歩み寄り、無地の封筒に手を伸ばす。
「会場が少し遠いのです。彼女ひとりでは心細いと思いましてね。家庭を持たない金澤さんなら、予定の調整も難しくないでしょう。何より学院の音楽イベント担当ですからね」
「…………」
 暁色の瞳を向けられた金澤の顔が強張ったのは、独身を冷やかされたからか、イベント担当呼ばわりされたからか、あるいはその両方か……。
 渋面を浮かべたまま、封筒を逆さに振って中身を取り出した。文字の打ち出された厚みのある紙片を見て、眉間に寄せた皺をさらに深める。
「あ? こりゃ航空券じゃないか。――って、函館かよ?」
「函館……ほ、北海道!?」
 音楽教師の傍らに立っていた香穂子が、素頓狂な声をあげた。大きな瞳を何度か瞬かせ、吉羅と金澤の顔を交互に見遣る。
「会場は函館市街ですよ。ご安心ください。往復の航空券と宿は私の方で手配しておきました。コンサートは夕方前には終わりますが、せっかく北海道まで行って日帰りでは味気ないでしょう。ついでに観光でもして来たらいかがですか? ……金澤さんはラーメンがお好きでしたよね」
 金澤の深い溜め息が室内の空気を震わせた。
 いたって平静な様子の吉羅を睨み付けて、がしがしと頭をかきながら口を開く。
「おいおい……何考えてるんだよ?」
「一切の旅費は先方が持ちますので、余計な心配はありません。今回の出演料の代わりとのことです。少額ではありますが、日当も出しましょう」
「だからさ……吉羅、お前、自分が何を言っているのか、分かっているのか?」
「当日の詳しいプログラムと会場の地図はFAXが届き次第、金澤さんにも回します。私からの話は以上です。……二人とも下がって宜しい」
 吉羅は金澤の抗議を完全に無視すると、話はこれで終わりだと言わんばかりに、デスクの脇に退けてあった書類を手元に戻した。
「だから、どうして俺がっ――」
「……失礼しました」
 吉羅に詰め寄ろうとする金澤に踵を返し、ふらふらとした足取りの香穂子がドアに向かう。
「あっ、日野……ちょっと廊下で待ってろ、すぐに行くから」
「はい、分かりました……」
 金澤の声に振り向いた彼女のそれは、まるで幽鬼のような形相だった。


「おい、吉羅、お前……一体どういうつもりだ!」
 香穂子がドアの向こうに姿を消すのを待って、金澤はデスクに乱暴に手を突くと身体を前に乗り出した。
「おや、必要と思われる説明は、すべて行ったはずですが、まだ何か?」
 一方の吉羅は、顔色ひとつも変えず、自分に食って掛かる金澤を冷ややかな目で見上げる。よく見れば口元が微かに緩んでいるのが、尚更、金澤を苛立たせた。
「あーもう、なんでこう面倒事ばかり、俺に押し付けるかねぇ……」
 冷笑を浴びた金澤は、茶化すようにそう呟くと、乱暴に頭をかきむしる。こういうときに、煙草が吸えないのが辛い。まだ完全に禁煙は成功していないが、それでも大分本数は減った。
「……フッ、感謝されるならともかく、苦情を言われる筋合いはないですね。学院公認で彼女と旅行ができるんですから、これ以上のクリスマスはないでしょう?」
「お前なぁ……」
 あながち外れていないだけに、金澤も二の句が紡げない。
「それから、私の土産に海産物は要りませんよ。あれは食べたいときに食べたいだけ食べるのが良い。蟹もエビも、他人に押し付けられて食べるのは、昔からどうも好きになれないんです」
 吉羅のことだ。その気になれば、飛行機をチャーターしてでも食べに行きそうな気がする。
「――分かったら出て行ってくれませんか。私は金澤さんみたいに暇じゃないんですよ」
作品名:お節介な贈り物 作家名:紫焔