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My Lovely Violinist

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 息苦しさのあまり微かに唇を開けば、素早く舌が侵入し、自分のそれを絡め取られる。口腔内で異物が暴れ回る生々しい感触に、身体の芯が熱く痺れて、蕩けそうになった。
「あ……ふぁっ……」
 初めて経験する深いキスに、全身の力を奪われた香穂子は、自分の足で立っていられない。ヴァイオリンを落とさないように気遣うのが精一杯だった。支えられるように腰を抱かれたまま、逆上せた顔で吉羅を見上げる。
「なんで……」
「あの程度のキスで根に持たれては、私としても不本意だからね。どうせ恨まれるのなら、これぐらいはするさ」
「……私、理事長の恋人じゃないですよね?」
 唇の端から零れた唾液で濡れた顎を、手の甲で拭った。
「君はさっきから質問ばかりだ。少しは自分の頭で考えようという気にはならないのかね」
「この一週間、ずっと考えていました」
「それで、答えは出たかね」
「……全然出ません。でも、私なら……好きな人とキスがしたいと思いました」
 香穂子の出した結論に、吉羅は短く鼻で笑う。
「それは君の理屈だろう。私は相手が誰であろうと、一向に構わないんだ」
 念を押すように、再び唇を重ねた。
「……私ばっかり『好き』だなんて、ずるいです」
 好きな人とキスを交わして、嬉しくないはずがない。だが、その相手は何とも思っていないと言う。これほど残酷で虚しい独り相撲が他にあろうか。
 香穂子は繰り返される情熱的なキスで潤んだ……しかし、真剣な瞳で吉羅を見つめた。
「責任を取ってください。……ファーストキスを奪った責任を取って、私を恋人にしてください」
「……君は本当に面白いことを言うな。私と交際するための前提条件ならば、前に話したはずだが」

 ――有名なヴァイオリニストになること。

「……もし私が有名なヴァイオリニストになったら、本当に付き合ってくれるんですか?」
「無益な嘘はつかないよ。ただし、私に足長おじさんを期待しているのならば、それは大間違いだ。私は待つのも、陰から見守るのも大嫌いだからね」
 一刻も早く、自分が認めるようなプロの奏者になれ。
 吉羅の意思をくみ取った香穂子は、はっきりと頷いた。
「……ああ、それから、何か勘違いをしているようだから一応忠告しておこう。私は君のことを気に入っていないとは、一言も言っていないよ」
「は……?」
「それとも君は、交際を始めてからではないと、相手に好意を抱いてはならないと言うのかね?」
 否定の連続に、香穂子は首を傾げる。この男の気持ちを確かめるには、言葉はあまりに向いていない。
「え、それって……」
 ――つまりは、私を「好き」ってこと……?
「さて、余計はお喋りはここまでだ。理事会の時間まで練習を見てあげるから、今度はきちんと弾きなさい。君なら出来るだろう?」
 口調とは裏腹に、その双眸に宿る光は優しかった。

 心に満ちていた不安が氷解する音を、香穂子は聞いた。
 穏やかな微笑みを浮かべて、ヴァイオリンを構える。
 枝葉を揺らす初夏の微風に乗って、透き通った美しい旋律が、森の広場に響き渡った。

                      ――了
作品名:My Lovely Violinist 作家名:紫焔