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『けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼の加減か、ちらちら紫いろのこまかな波をたてたり、虹のようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光の三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或いは三角形、或いは四辺形、或いは電(いなづま)や鎖の形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした』
 それから窓の外を示して、見てみろよと促す。言われるままに窓の外へと目をやると、なんと今ニールが読み上げたのと、まるで同じような景色がそこには広がっていた。
「光の、野原か、ここは――」
「敢えて言うなら、銀河……星の海、ってとこかな」
「宇宙、か」
 宇宙――そら。グラハムは窓の外の景色を食い入るように見つめた。
「私たちは今、星の中を走っているのか」
 これは夢だろうか。このようなトレインがあるとは聞いたことがない。
「あんたの好きな空に、星空は含まれるのか」
「太陽が隠れ、闇が広がっても、空は空に変わりはない」
 幼い頃から見上げた空は、昼間の空ばかりではなかった。早朝の白んだ空。山の端に日が沈むオレンジ色の空。そして、月が輝き星の瞬く夜の空。施設の子供たちと、あれが北斗七星、あれがオリオン座と星図を手に星を追った。訓練や作戦中に、軍の仲間たちと夜空を眺めたこともあった。
「まあ、己が飛ぶのならどこまでも澄んだ青空が最高だがね」
 ユニオンの制服のような真っ青な空。あの空を飛びたいと願い続け、軍人となってMSでそれを果たした。己が望み、選んだ道だ。
 そんなことを思い出しながら、窓の外を眺めていると、光の野原に一際色鮮やかな光の波が見えた。
「ニール、あれは花か」
「ああ、そうだな。――アネモネみたいだな」
 それは確かに花だった。赤や白、青色にピンクの花。ニールが花の名前を挙げて、優しげに目を細めた。
 懐かしそうに、愛おしそうにその花を見つめるニールに気付いて、次の瞬間グラハムはトレインの窓を開けて、そこから外へ飛び出していた。考えるよりも先に体が動いていた。着地した先で、ちょうど目の前の赤い花を摘みとると、すぐにトレインを追いかけて走った。
 走りながらやはりこれは夢なのだろうと思った。銀河というはずなのに自分は普通に息を吸えているし、何より足は軽く、走っているトレインにも追いついた。そうして、先ほど自分が開けた窓からトレインに飛び乗り、シートに座る。息を整えながら顔を上げると、ニールが唖然とした表情でグラハムを見ていた。
 そんなニールに摘み取ってきた花を渡す。それは地上の花とはやはり違っていて、ガラスのような質感で淡く発光していた。
「無性に君にこの花を渡したいと思った」
「――相変わらず、無茶なことしやがって」
 そう呆れながらもニールは笑ってそれを受け取ってくれた。ありがとな、と言ってそしてやはり柔らかな視線を花に向ける。
「母さんが、好きな花だったんだ」
 ニールが小さく呟いたのが聞こえた。