恋愛終着駅
金澤は身体を反転させ、腕の中の香穂子をおもむろに組み敷いた。解れた長髪が香穂子の頬をくすぐる。
「え……あっ……」
「香穂子、俺はいつまでお前の『先生』をやってりゃいいんだ? 響子の呼び方を悩むより先に、俺の呼び方を直してくれや」
香穂子の中でも直す努力はしているが、気恥ずかしさの方が勝り、気がつけば「先生」に戻ってしまう。
「な、香穂子。次の連休に俺の田舎に行くか?」
「せ……紘人さんの?」
「言っとくが、なーんにもない退屈なところだぞ。あーそれから、いい加減、お前さんの両親に挨拶に行かないとな」
「それって……」
真っ直ぐに向けられた琥珀の双眸が細められた。
「今更、逃す気なんてないからな。覚悟しておけよ」
金澤は不敵な笑みを浮かべると、絡めた香穂子の左手を持ち上げ、薬指にキスを落とした。
――俺は、お前との将来を真剣に考えている。
響子との会話で出てきたフレーズが、香穂子の中でリフレインし、至近距離に映った金澤の顔が、急激に滲む。
金澤との恋愛は終わったわけではない。ともに人生を歩むため、次の段階に遷ったのだ。
「何だ……また泣いているのか?」
「嬉しくて……」
「ま、幸せな涙なら、天羽に怒られることもないか」
金澤は自分に言い聞かせるように苦笑して、濡れた香穂子の頬を指先でそっと拭う。
「私、とても幸せです。紘人さん……大好きです」
香穂子はそう言ってまぶたを閉じると、優しい唇が降りてくるのを待ち受けた。
<了>