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恋愛終着駅

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 会話の切れ目を狙って店員がケーキセットを運んできた。季節の果物を練り込んだ月替わりのシフォンケーキは、店の一番人気メニューで、香穂子の好物でもある。
「――俺さ、この前、法事で実家に帰っただろ?」
 ひとり、アイスコーヒーのお代わりをもらった金澤が言うと、香穂子はこくりと頷く。
「法事はまあ、問題なく終わったんだが、その後に一席設けるだろう? 未だ独り身の俺を心配して、世話好きな親戚が見合い話をやたらめったらに持って来るわけよ。いい加減、適当な理由をでっちあげて断るのも面倒になったから、本当のことを話したんだわ……」

 真剣に交際している女性がいる――と。

「びっくりしたわよ。まさか一回り以上も年下の元・教え子と付き合っていたなんて……兄さんに限って、それは絶対にないと思っていたし……」
「……?」
 ケーキを切ろうとしていたフォークの手を止めて、香穂子は響子の顔色を窺った。
「あ、ごめんなさいね、絶対、年上だと思っていたから」
 香穂子を気遣ってか、それ以上のことは言わなかったが、兄のオペラ歌手時代の大失態は、家族にも聞き及んでいることであろう。
「皆さんは反対……なんですよね」
 ぼそりと香穂子が呟いた。
「え……?」
「……自分でも分かっています。先生にはもっと……年齢に釣り合った大人の女性の方が似つかわしいって……でも、やっぱり先生のことが好きだし、どうしても諦められないから、私、努力して……」
「おい、香穂子?」
 香穂子の視界がじんわりと滲み始める。
 辛うじて堪えられていた涙が、堰を切ったように瞳から溢れ、頬を伝ってテーブルを濡らした。
「待て、そりゃ誤解だ。誰も反対なんてしていない」
「そうよ、むしろ大歓迎よ」
 しゃくり上げながら、兄妹の顔を順番に見た。
「ぅ……だって、先生……私のこと避けて……」
「ああ、悪い。俺、態度に出ちまってたのか。違うんだ。お前を避けていたわけじゃなくてだな……」
「――このバカ兄貴っ! こんなに可愛い彼女を泣かせてどうするのよ! ……ごめんね香穂子ちゃん」
 響子はショルダーバックからタオル地のハンカチを取り出すと、香穂子の涙を拭い、その手に握らせた。
「おいおい、元はと言えば、お前のせいだろうが!」
「はぁ? 私のせい? 何言ってるのよ」
「お前が実家で変なこと言うから……」
 目の前で繰り広げられる意味不明な兄妹喧嘩に、香穂子は涙を拭うのも忘れて、呆然としていた。
 それに気付いた金澤が、大袈裟な咳払いをする。
「……つまり、だ。俺は将来を見据えて、お前と真剣な交際をしているって話したんだ。そしたらな、響子に『歳の離れた義姉ができるんだ』って言われて、ちょっと真剣に悩んだわけ」
「義姉……え? え、えぇ――っ?」
 香穂子は素っ頓狂な声をあげた。
 金澤と結婚したと仮定した場合、響子から見れば、香穂子は兄嫁……義理の姉にあたる。
「お前さんはまだ若いから、あまりそういうことを考えたりしないと思うんだがな……俺の周りには老い先短いジジババばかりだから、ヘタに立ち回って、お前さんに余計な負担をかけやしないかと心配して……」
「いいじゃない。私、早く兄さんの子どもが見たいわ」
 金澤の述懐を、響子がざっくりと斬り捨てた。
「……香穂子ちゃん。早く私を『叔母さん』にしてね」
「おい、こいつはヴァイオリニスト志望で、まだ、そんなことは……だいたい、まだ十代なんだぞ。未成年だ」
 そう言うとえらく犯罪者みたいに聞こえるな。と言って、金澤は気まずそうに頭をかいた。
「何、悠長なこと言ってるのよ! 子どもが成人したとき、兄さんは幾つになると思っているの? 今すぐに作ったとしても五十六よ、五十六! あと四年で還暦なのよ……分かってる? 赤いちゃんちゃんこなのよ!」
「こいつの前であまり生々しいこと言うなって……見ろよ、怯えてるじゃないか」
 兄に対しては鬼神のような迫力を持つ響子の形相が、香穂子に向けられた途端ににっこりと和らぐ。
「大丈夫よ。子どもの面倒は私もみてあげるから。伊達にわんぱく坊主をふたりも育ててないわよ。男の子はもう十分だから、できれば姪が欲しいわ。ね、香穂子ちゃん」
「え、え……そのっ……」
 この時食べた限定のケーキの味を、香穂子は後になっても思い出せなかった。


 喫茶店を出た金澤と香穂子は、響子を駅まで送った。
「ここまでで大丈夫。せっかく来たんだから、横浜に出て、みんなにお土産を買って帰らないとね……」
 帰宅ラッシュに差し掛かった駅前は、多くのサラリーマンや学生が慌ただしく行き交っている。
「ああ、気をつけてな」
「香穂子ちゃん、今度うちにも遊びに来てね。何もない田舎だけど歓迎するわ」
 言葉を交わした時間は短かったものの、香穂子はすっかり響子に気に入られた様子だった。
「あ……はい」
「親父たちには、余計なことを言うなよ」
 香穂子の肩に手を回した金澤が、眉間に皺を寄せた。
「それが怖いなら、とっとと連れてきて紹介しちゃいなさいよ。こんな可愛い娘さんが増えるなら、きっと父さん、すごく喜ぶわ」
「くそっ、他人事だと思いやがって……」
 雑踏に紛れていく妹の後ろ姿を睨みながら、金澤が悪態をつく。その横顔を見て、香穂子は微笑んだ。


「さてと……ここまで出たついでに何処か行くか? 家の都合ってことで、仕事は早上がりしちまったからな」
 少し照れくさそうに呟く金澤の腕に縋り付いて、香穂子は笑顔で頷いた。
「そうだな。夕飯にはまだ早いしな……久し振りに港の方まで行くか? ほれ……手」
 金澤は差し出された香穂子の手をしっかりと繋ぎ直し、ぶらぶらと通りを歩き出す。
「それから……今日は天羽の家に泊まり決定な」
「えっ……?」
「久し振りにお前を抱きたい。いいだろ?」
 ストレートな物言いに、香穂子は紅潮して唇を噛みしめた。見上げた金澤の表情も少し照れているように見える。
「わ、私も……先生と一緒にいたいです」
 香穂子は金澤の手をぎゅっと握り締めたまま、はっきりと頷いた。


        *   *   *

「……昼間は驚いたよな。いきなりで済まなかった」
 伸ばした腕に遠慮がちに頭を載せた香穂子の髪を、金澤が指先でくしゃりとかき乱す。
 久し振りということもあって、ふたりは部屋に戻るなり服を脱ぐのももどかしく、貪るように身体を求め合った。
 ベッドの足元に散らばり、絡み合った互いの服が、行為の激しさを象徴しているかのようで、直視するのが少し恥ずかしい。
「アイツ、後輩の結婚式で週末から上京していたんだ……で、俺が嘘ついてないかって、抜き打ちで襲撃に来たんだよ。週末ならば、お前を部屋に連れ込んでいるんじゃないかって思ったらしい」
 その読みはある意味では正しいが、いかんせんタイミングが悪かったけどな。と苦笑した。
「私……先生の妹さんのことを、何て呼べばいいんでしょうか? ……やっぱり『響子さん』ですかね?」
 もしも、彼女と義理の姉妹になるような日が来れば、妹を「さん」付けで呼ぶのは、姉としてどうなのだろうか。
「んなもん、成り行き任せで大丈夫だろ。そんなことよりお前さんは、もっと先に直すことがあるだろう?」
作品名:恋愛終着駅 作家名:紫焔