「告白~ある夜の一幕」
真夜中にふと目が覚めると、隣で眠っているはずのフェリシアーノがベッドの上にぽつんと座り込んでいた。
いつもならちょっとやそっとでは目を覚まさないあいつがどうしたのだろう?
らしくない寂しげな後ろ姿が気になって、ルートヴィッヒはそっと声を掛けた。
「……どうした?フェリシアーノ、眠れないのか?」
「うん……」
おしゃべりなあいつらしくもない歯切れの悪い返事が、なおのこと気に掛かる。
ルートヴィッヒは起き上がり、ベッドサイドのランプをつけた。フェリシアーノの小さな背中は震えていた。
「そんな格好じゃ、風邪引くぞ」声を掛け、そっと自分のガウンを着せ掛けてやる。
軽く手が触れた瞬間、フェリシアーノの肩がびくりと震えた。
「何があったんだ?怖い夢でも見たのか?……話してみろ、フェリシアーノ」
強面で恐れられていることは充分自覚している。自分なりにできる限り優しく言ったつもりだったが返事はなく、フェリシアーノは俯いたまましゃくり上げ始めた。
いくら何でも子供じゃあるまいし、そこまで怖がることはないだろう?
短気なルートヴィッヒはいらだちを押さえきれず、ぶっきらぼうにこう告げた。
「どうしたんだ、フェリシアーノ?泣いてちゃ分からん、何があったんだ?とにかく話してみろ!」そう言って肩に手を掛けた瞬間、
「やっ!!触らないで!」
思いもよらない拒絶の言葉にルートヴィッヒは傷つき、慌てて手を引っ込めた。
「な……何だって…言うんだ…」
普段の彼らしくもなく、語尾が震えて口の中で消えた。どうして良いか分からず、もごもごと同じ言葉を繰り返し、黙り込んだ。
気まずい沈黙がしばし部屋を満たし、時折フェリシアーノのしゃくり上げる音だけが、室内に小さく響いた。
「……ね、ルート」
しばらくしてフェリシアーノが突然沈黙を破って振り返ると、ルートヴィッヒは危うく飛び上がりそうになった。
「な、何?……何だ?」
手も声も震えていた。じっとりと汗が滲む拳をぐっと握りしめる。
どんな戦場でも冷静さを欠いたことはない自分が、たかがこのくらいのことで動揺するなんてどういうことだ?
たかがフェリシアーノ一人のことで?
そんな風に思ってみても、何の役にも立たなかった。認めたくはなかったが、これから起こること──あいつが何を口にするのか──を想像しただけで、心臓がばくばくして今にも口から飛び出しそうだ。
おまえは、何を、言おうとしている?
「……俺のこと──すき?」
動悸が一段と跳ね上がる。
「は……はは」ルートヴィッヒは口元を笑ったように歪めた。
何だ……いつものあいつの口ぐせじゃないか。何をそんなに緊張する必要がある?
軽く笑ってかわそうとしたが、見つめるフェリシアーノの目が、俺を逃がさない。
「それとも……き」
「ち、違う!そんなことはない!俺はお前のことを決して嫌いじゃ──」
息詰まる苦しさに耐えられず思わずそう叫んだが、結局最後まで言いきれずに言葉を濁した。
「それは…友だちとして?」
フェリシアーノの顔に泣き疲れたような、諦めにも似たいびつな笑みが浮かぶ。
「も、もちろん……」そうだと言おうとしたが、喉が詰まったように言葉が出ない。
「そう……」いつもおしゃべりなフェリシアーノがぽつりと答える。
「俺ね……もう無理なんだ……これ以上は…もう──」
「無理って……何が…」
平静を保てないならせめて笑った振りをしようと無理に口元を歪め、フェリシアーノの肩に手を掛けようとしたが、払いのけられた。
「やめて!」
心の鋭い切っ先がまっすぐ心臓に突きつけられているのを感じた。
「分かってるんでしょう?……ただの、友だちなんでしょう、俺たち」フェリシアーノの鳶色の愛らしい瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
声が出ない。
「……なら、もう触らないで」
ルートヴィッヒは石になったように動けなかった。
さらり、と肩に掛けてやったガウンが滑り落ちる。フェリシアーノは立ち上がった。
「帰る……ここにはもう居られないよ。さよなら」
突然時間の流れが止まってしまったようだった。
スローモーションになったように、フェリシアーノがゆっくりと遠ざかっていく。
深い森の奥で出会ったあの日から忘れられなくなった。いつの間にか自分に懐いて、用もないのにいつも傍にいて、いつしか一緒にいるのが当たり前になっていた。
このままずっといつまでどこまでも、二人は寄り添い、何もしなくてもずっと傍に居てくれるのだと勝手に思い込んでいた──
「フェリシアーノ、待て!!行くな!……行かないでくれ」
着替え終わって部屋を出ていこうとしたフェリシアーノは、ドアのノブを握ったまま動かなくなった。
「頼む……」
振り返ったフェリシアーノの目に映ったのは、厳つい強面の戦士が弱々しく肩を落とし、一見酷薄そうな淡い水色の瞳に涙を浮かべる姿だった。
「ルート…?」
「すまない……俺が、悪かった。お前が…好きだ。お前なしでは俺は生きてはいけない」
ルートヴィッヒは訥々と、しかし彼なりに必死で思いを打ち明けた。
これまでいい気になって散々自分勝手にふるまってきたのだ。これで駄目なら諦めるしかない……
フェリシアーノの表情は見る見るうちに変わった。悲しげに伏せた目は希望に輝き、青ざめた頬には赤みがさした。
「……ホント?ほんとに?……ただの、友だちじゃなくて?」
「ああ、嘘じゃない。俺には…お前しかいない」
そこまで言って急に恥ずかしくなったのか、ルートヴィッヒは顔を赤らめて俯いた。だがその言葉も終わるか終わらないかのうちに、フェリシアーノはもう彼の胸に飛び込んでいた。
「ルート、好き!大好き!俺のこと、もう絶対離さないで!!」
泣き笑いのような顔で首にすがりついてきたフェリシアーノを抱きしめるのに、もちろん何の迷いもなかった。
「もちろんだ、フェリシアーノ」
「……約束だよ」くすん、と小さくすすり上げるとフェリシアーノは耳元でそう呟いた。
「ああ、約束する。二度とお前を離さない。たとえ何があろうともだ」
「大好きだよ、俺のルート──」
愛してる……フェリシアーノはその夜、愛する者の腕の中で、数限りなくその言葉を繰り返した。
いつもならちょっとやそっとでは目を覚まさないあいつがどうしたのだろう?
らしくない寂しげな後ろ姿が気になって、ルートヴィッヒはそっと声を掛けた。
「……どうした?フェリシアーノ、眠れないのか?」
「うん……」
おしゃべりなあいつらしくもない歯切れの悪い返事が、なおのこと気に掛かる。
ルートヴィッヒは起き上がり、ベッドサイドのランプをつけた。フェリシアーノの小さな背中は震えていた。
「そんな格好じゃ、風邪引くぞ」声を掛け、そっと自分のガウンを着せ掛けてやる。
軽く手が触れた瞬間、フェリシアーノの肩がびくりと震えた。
「何があったんだ?怖い夢でも見たのか?……話してみろ、フェリシアーノ」
強面で恐れられていることは充分自覚している。自分なりにできる限り優しく言ったつもりだったが返事はなく、フェリシアーノは俯いたまましゃくり上げ始めた。
いくら何でも子供じゃあるまいし、そこまで怖がることはないだろう?
短気なルートヴィッヒはいらだちを押さえきれず、ぶっきらぼうにこう告げた。
「どうしたんだ、フェリシアーノ?泣いてちゃ分からん、何があったんだ?とにかく話してみろ!」そう言って肩に手を掛けた瞬間、
「やっ!!触らないで!」
思いもよらない拒絶の言葉にルートヴィッヒは傷つき、慌てて手を引っ込めた。
「な……何だって…言うんだ…」
普段の彼らしくもなく、語尾が震えて口の中で消えた。どうして良いか分からず、もごもごと同じ言葉を繰り返し、黙り込んだ。
気まずい沈黙がしばし部屋を満たし、時折フェリシアーノのしゃくり上げる音だけが、室内に小さく響いた。
「……ね、ルート」
しばらくしてフェリシアーノが突然沈黙を破って振り返ると、ルートヴィッヒは危うく飛び上がりそうになった。
「な、何?……何だ?」
手も声も震えていた。じっとりと汗が滲む拳をぐっと握りしめる。
どんな戦場でも冷静さを欠いたことはない自分が、たかがこのくらいのことで動揺するなんてどういうことだ?
たかがフェリシアーノ一人のことで?
そんな風に思ってみても、何の役にも立たなかった。認めたくはなかったが、これから起こること──あいつが何を口にするのか──を想像しただけで、心臓がばくばくして今にも口から飛び出しそうだ。
おまえは、何を、言おうとしている?
「……俺のこと──すき?」
動悸が一段と跳ね上がる。
「は……はは」ルートヴィッヒは口元を笑ったように歪めた。
何だ……いつものあいつの口ぐせじゃないか。何をそんなに緊張する必要がある?
軽く笑ってかわそうとしたが、見つめるフェリシアーノの目が、俺を逃がさない。
「それとも……き」
「ち、違う!そんなことはない!俺はお前のことを決して嫌いじゃ──」
息詰まる苦しさに耐えられず思わずそう叫んだが、結局最後まで言いきれずに言葉を濁した。
「それは…友だちとして?」
フェリシアーノの顔に泣き疲れたような、諦めにも似たいびつな笑みが浮かぶ。
「も、もちろん……」そうだと言おうとしたが、喉が詰まったように言葉が出ない。
「そう……」いつもおしゃべりなフェリシアーノがぽつりと答える。
「俺ね……もう無理なんだ……これ以上は…もう──」
「無理って……何が…」
平静を保てないならせめて笑った振りをしようと無理に口元を歪め、フェリシアーノの肩に手を掛けようとしたが、払いのけられた。
「やめて!」
心の鋭い切っ先がまっすぐ心臓に突きつけられているのを感じた。
「分かってるんでしょう?……ただの、友だちなんでしょう、俺たち」フェリシアーノの鳶色の愛らしい瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
声が出ない。
「……なら、もう触らないで」
ルートヴィッヒは石になったように動けなかった。
さらり、と肩に掛けてやったガウンが滑り落ちる。フェリシアーノは立ち上がった。
「帰る……ここにはもう居られないよ。さよなら」
突然時間の流れが止まってしまったようだった。
スローモーションになったように、フェリシアーノがゆっくりと遠ざかっていく。
深い森の奥で出会ったあの日から忘れられなくなった。いつの間にか自分に懐いて、用もないのにいつも傍にいて、いつしか一緒にいるのが当たり前になっていた。
このままずっといつまでどこまでも、二人は寄り添い、何もしなくてもずっと傍に居てくれるのだと勝手に思い込んでいた──
「フェリシアーノ、待て!!行くな!……行かないでくれ」
着替え終わって部屋を出ていこうとしたフェリシアーノは、ドアのノブを握ったまま動かなくなった。
「頼む……」
振り返ったフェリシアーノの目に映ったのは、厳つい強面の戦士が弱々しく肩を落とし、一見酷薄そうな淡い水色の瞳に涙を浮かべる姿だった。
「ルート…?」
「すまない……俺が、悪かった。お前が…好きだ。お前なしでは俺は生きてはいけない」
ルートヴィッヒは訥々と、しかし彼なりに必死で思いを打ち明けた。
これまでいい気になって散々自分勝手にふるまってきたのだ。これで駄目なら諦めるしかない……
フェリシアーノの表情は見る見るうちに変わった。悲しげに伏せた目は希望に輝き、青ざめた頬には赤みがさした。
「……ホント?ほんとに?……ただの、友だちじゃなくて?」
「ああ、嘘じゃない。俺には…お前しかいない」
そこまで言って急に恥ずかしくなったのか、ルートヴィッヒは顔を赤らめて俯いた。だがその言葉も終わるか終わらないかのうちに、フェリシアーノはもう彼の胸に飛び込んでいた。
「ルート、好き!大好き!俺のこと、もう絶対離さないで!!」
泣き笑いのような顔で首にすがりついてきたフェリシアーノを抱きしめるのに、もちろん何の迷いもなかった。
「もちろんだ、フェリシアーノ」
「……約束だよ」くすん、と小さくすすり上げるとフェリシアーノは耳元でそう呟いた。
「ああ、約束する。二度とお前を離さない。たとえ何があろうともだ」
「大好きだよ、俺のルート──」
愛してる……フェリシアーノはその夜、愛する者の腕の中で、数限りなくその言葉を繰り返した。
作品名:「告白~ある夜の一幕」 作家名:maki