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心の音

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それは、里瀬葉と出会って少し経った頃。
一緒に街に買い物に出た時のことだった。



『・・・・・・』

「ん、里瀬葉、どうした?」

『ねぇねぇマスター、あれなぁに?』

「どれどれ………」



里瀬葉の指差した先にあったのは、一軒のケーキ屋さんだった。
小さいけれど可愛らしいお店で、
ディスプレイもきらきらと飾り付けられていた。

誕生日か何かのお祝いなのか、
仲の良さそうな母娘が嬉しそうにケーキの箱を抱えて出てきていた。



「あぁ、あれはね、ケーキ屋さんだよ。」

『けーき?』

「そう、ケーキ。
 何か嬉しいことがあったときや、お祝いする時に食べるんだよ。」

『けーき、は、おいしい?』



里瀬葉の目はまるで宝物を前にしたかのように
キラキラと輝いて、興味津々といった様子だった。

まだまだ知らないことばかりで、本当に小さな子供のようだった。
こうして出掛けながら教えることも多かった。



「そうだ、里瀬葉。里瀬葉のお誕生日にケーキ買おうか。
 里瀬葉の誕生日はいつなのかな?」

『おたん…じょう…び?』

「そう、里瀬葉が生まれた日だよ。」

『・・・・・・ない』

「え?」

『里瀬葉には、おたんじょうびないよ。
 だって、里瀬葉はキカイだから。』

「・・・・・・じゃあ、作られた日は?」

『わからない。
 里瀬葉が覚えてるのは、マスターに会ったところから。
 つくられた日は、ひつようのないことだから、知らない。』

「・・・・・・」



ボーカロイドには、誕生日という概念がないみたいだった。
自分たちは機械―――作られた存在だから。
だから、"生まれた日"というのは存在しない。

きっと、そういうことなんだろう。
淋しそうでも何でもなく、
ただ、ありのままの事実として淡々と里瀬葉は言った。

そんな里瀬葉の表情を見て、
僕は何とも言えない気持ちになった。



『・・・・・・マスター?』

「あぁ、ごめんごめん。
 よし、里瀬葉お家に帰ろうか。」

『はーい。』



黙り込んでしまった僕を心配したのか、
気付くと里瀬葉が僕の表情を覗き込んでいた。
小さい子を宥めるかのように頭をぽんぽんと撫でて、
それから手を繋いで一緒に家まで帰った。

その間、ぼんやりと考えていた。

人間だから、とか、機械だから、とか。
そんなの関係ないと、僕は思っていた。

ボーカロイドだって心を持っているんだから、
体は機械だって、人間と同じだ。

だったら誕生日がないなんて、淋しい。
1年に一度の、お祝いの日なのに。









それから、僕は合間を縫って作業を始めた。

里瀬葉に歌ってもらう歌とは別に、
少しずつ少しずつ曲を作った。

里瀬葉に気づかれないように、本当に少しずつ。
いつもみたいに上手くメロディーも歌詞も出てこなくて、
ああでもないこうでもないと何度も一人で葛藤していた。
作品名:心の音 作家名:ユエ