優しさの揺り篭
整備場に愛機であるガンダムデスサイズヘルを収容したデュオは、汗により額に纏わりついた前髪を鬱陶しげに手で掻き上げながらコックピットから出た。
ここはピースミリオンのガンダム収容場兼整備場で、ガンダム5機を十分に置いておけるスペースがある。
デュオに続いて、ヒイロ、トロワ、五飛も機体を収容して、それぞれコックピットから出てきた。
過酷な任務に耐えうるように訓練されてきたガンダムパイロットたちも、こうも毎日戦闘の繰り返しでは疲弊するばかりで、言葉にこそ出さないが表情には疲れの色が見え隠れしていた。
「ふう……ま、今日もお疲れさんってとこだな」
そんな中でもデュオはいつもと同じように陽気に仲間たちへの労いの言葉をかける。
だが、ヒイロ、トロワ、五飛の三人はデュオを一瞥するだけで何も返事はしなかった。
「……へ、相変わらず愛想のねぇ奴らだな。これがカトルなら、『お疲れ様でした、デュオ』って天使みたいに可愛い顔で言ってくれるってのによ……て、サンドロックはまだなのか?」
ガンダム4機の収容は済んでいるものの、何故かカトルの機体だけ戻ってこない。
まさか戻ってくる途中で敵と遭遇してひとりで交戦中なのか?
そんな不安がデュオの頭に過ぎったが、その不安を掻き消すかのように整備場にズシンと重低音が響き渡って。
これはサンドロックの足音だ。
「何だよ、ひやひやしたぜ……」
ズシン、ズシン、と整備場に鈍い機械音を響かせながら戻ってきたサンドロックにデュオはほっと胸を撫で下ろした。
「カトルがいなきゃ場が持たねぇって。あいつら、まともに喋りもしねぇしな…」
労いの言葉をかけたというのに完全無視なヒイロたちをデュオは恨めしげに見やった。
明るくよく喋るデュオからすれば、カトルだけがまともに会話が出来る相手だ。
「俺が一番最後に戻ってくるときは待ってねぇくせに、カトルのときは待ってるわけな」
デュオのことは無視しても、カトルのことは気になるらしく、ヒイロたちはカトルがコックピットから出てくるまで待っていた。
まあ、こんな光景も日常茶飯事なのでデュオも今更何かを言うつもりはなかったし、何より自分もカトルが気になる。
デュオが視線を向けると、定位置についたサンドロックのコックピットが勢いよく開かれた。
いつものように、「みんな、お疲れ様」と綺麗な笑顔で言ってくれるのをデュオは密かにワクワクしながら待っていたが……カトルが出てくる気配がない。
「……カトル…?」
なかなか出てこないことに焦れて、デュオがサンドロックのコックピットまで向かおうと半無重力の中に身を乗り出した瞬間、カトルの体がガクリと倒れ込むようにして出てきた。
半無重力なので一気に下へと落ちることはないが、カトルの体は力無く宙に舞っていく。
おかしい、常ならば戦いが終わった後は笑顔を見せてくれるのに。
嫌な焦燥感を胸に感じながら、デュオは半無重力空間の中でゆっくりと下へと落ちていくカトルの元まで飛んでいくと、その体を引き寄せるようにして掴まえた。
「…カトル、おい、カトル!しっかりしろ……何だよ、お前、熱あるのか…!?」
荒く呼吸を繰り返しているカトルの顔は真っ赤になっていて、デュオでも驚くくらいに体が熱かった。
「……デュ、オ…ごめんな、さ…い……僕……」
「いい、無理して喋んな!すぐにサリィのとこへ連れてってやるから、俺にしっかり掴まってろ。出来るな?」
優しく声をかけてやると、カトルも何とか笑みを浮かべて頷いた。
デュオは離さないようにカトルの体を抱いて、無重力空間を泳いで通路へと上がっていった。
ヒイロたちも心配したのか、通路までやって来てカトルの顔を覗き込む。
「…熱があるみてぇなんだ。すぐに医務室に連れていかねぇと……でも、何でこんなになっちまったんだ。疲労が溜まってるのは俺たちだって同じはずだ…何でカトルはこんな……」
「………恐らく、ゼロシステムのせいだろうな」
「…………ゼロ、システム…だって?」
ヒイロの言葉にデュオは目を見張る。
まさか、カトルはあの忌まわしいシステムを使って戦ってたというのか。
『ゼロシステム』
戦闘をする際に確実な勝利を求めるために作られたシステムだ。
そのシステムの支配下に置かれると、パイロットは自分の意思や倫理に反する行為も平然と選択するようになってしまう。
勝つために死が必要なら、その死すら厭わず戦い続けるという恐ろしいシステムなのだ。
故に、強靭な精神力を持つ者でないかぎり、過度の負荷がかかり精神崩壊などを引き起こす。
そのせいで、カトルが以前に辛く苦しい思いをしたことを、デュオは知っていた。
そんなシステムを、カトルが……この優しいカトルが、こんなになるまで。
そう思うだけで、デュオの胸には言いようのない怒りが込み上げてくる。
そして、その怒りはカトルがこうなってしまった原因をいとも平然に言ったヒイロへと向けられた。
「ヒイロ、お前……このシステムがどんなもんか知っててカトルに使わせたのか!?」
ヒイロの胸倉を掴んでデュオは詰め寄る。
だが、ヒイロは何も言わない、いつものように冷ややかにデュオを見つめるだけだ。
それが更に、デュオの怒りを刺激した。
「おい、何とか言えっつんだよ!ヒイロ、お前はカトルが死んでもいいっていうのか!?」
「デュオ、少しは落ち着け。今すべきことは言い争いではない。カトルの治療が最優先だ、そうだろう?」
見兼ねたトロワが宥めるようにデュオの肩を押さえた。
そして、デュオの腕の中で力無くして意識を朦朧とさせているカトルの体を半ば無理矢理に奪い取ると、医務室に向かって通路を歩き始めた。
「カトルは、俺が連れていく。デュオ、お前の怒りも分かるが、少しは冷静になれ」
そう言って、トロワはカトルを抱いて整備場から去っていった。
残されたデュオは、黙ったままのヒイロを怒りに満ちた目で睨み付ける。
重い空気が流れる中、五飛は静観するようにデュオとヒイロの様子を眺めていた。
「ちょっと面貸せよ。お前には聞きたいことも言いたいことも腐るほどある」
ヒイロの胸倉を掴んだまま、デュオは低く低く怒りが滲んだ声音で言った。
それでも、やはりヒイロは何も答えず胸倉を掴むデュオの手を掴んで無理矢理に引き離した。
「おい、待てよ!逃げるってのかよ!ヒイロ!……ちくしょう…!」
何も言わずに行ってしまったヒイロの背中に、デュオは怒声を浴びせた。
苛立ちを隠せないデュオは舌打ちをして、行き場のない怒りを拳に込めて壁を叩く。
「………貴様は、何も分かっていないんだな」
今まで黙っていた五飛から言われた台詞に、デュオはまた目を見張った。
何も分かっていない?分かっていないのはどっちだ、あんな優しいカトルにゼロシステムを使わせるなんてどうかしている。
その怒りで頭が埋め尽くされているデュオは、鋭い目を五飛に向ける。
「何が、分かっていないって…?」
「……それが分からないようなら、貴様に戦士である資格はない」
それだけ言い残して、五飛も整備場から去っていってしまった。
ここはピースミリオンのガンダム収容場兼整備場で、ガンダム5機を十分に置いておけるスペースがある。
デュオに続いて、ヒイロ、トロワ、五飛も機体を収容して、それぞれコックピットから出てきた。
過酷な任務に耐えうるように訓練されてきたガンダムパイロットたちも、こうも毎日戦闘の繰り返しでは疲弊するばかりで、言葉にこそ出さないが表情には疲れの色が見え隠れしていた。
「ふう……ま、今日もお疲れさんってとこだな」
そんな中でもデュオはいつもと同じように陽気に仲間たちへの労いの言葉をかける。
だが、ヒイロ、トロワ、五飛の三人はデュオを一瞥するだけで何も返事はしなかった。
「……へ、相変わらず愛想のねぇ奴らだな。これがカトルなら、『お疲れ様でした、デュオ』って天使みたいに可愛い顔で言ってくれるってのによ……て、サンドロックはまだなのか?」
ガンダム4機の収容は済んでいるものの、何故かカトルの機体だけ戻ってこない。
まさか戻ってくる途中で敵と遭遇してひとりで交戦中なのか?
そんな不安がデュオの頭に過ぎったが、その不安を掻き消すかのように整備場にズシンと重低音が響き渡って。
これはサンドロックの足音だ。
「何だよ、ひやひやしたぜ……」
ズシン、ズシン、と整備場に鈍い機械音を響かせながら戻ってきたサンドロックにデュオはほっと胸を撫で下ろした。
「カトルがいなきゃ場が持たねぇって。あいつら、まともに喋りもしねぇしな…」
労いの言葉をかけたというのに完全無視なヒイロたちをデュオは恨めしげに見やった。
明るくよく喋るデュオからすれば、カトルだけがまともに会話が出来る相手だ。
「俺が一番最後に戻ってくるときは待ってねぇくせに、カトルのときは待ってるわけな」
デュオのことは無視しても、カトルのことは気になるらしく、ヒイロたちはカトルがコックピットから出てくるまで待っていた。
まあ、こんな光景も日常茶飯事なのでデュオも今更何かを言うつもりはなかったし、何より自分もカトルが気になる。
デュオが視線を向けると、定位置についたサンドロックのコックピットが勢いよく開かれた。
いつものように、「みんな、お疲れ様」と綺麗な笑顔で言ってくれるのをデュオは密かにワクワクしながら待っていたが……カトルが出てくる気配がない。
「……カトル…?」
なかなか出てこないことに焦れて、デュオがサンドロックのコックピットまで向かおうと半無重力の中に身を乗り出した瞬間、カトルの体がガクリと倒れ込むようにして出てきた。
半無重力なので一気に下へと落ちることはないが、カトルの体は力無く宙に舞っていく。
おかしい、常ならば戦いが終わった後は笑顔を見せてくれるのに。
嫌な焦燥感を胸に感じながら、デュオは半無重力空間の中でゆっくりと下へと落ちていくカトルの元まで飛んでいくと、その体を引き寄せるようにして掴まえた。
「…カトル、おい、カトル!しっかりしろ……何だよ、お前、熱あるのか…!?」
荒く呼吸を繰り返しているカトルの顔は真っ赤になっていて、デュオでも驚くくらいに体が熱かった。
「……デュ、オ…ごめんな、さ…い……僕……」
「いい、無理して喋んな!すぐにサリィのとこへ連れてってやるから、俺にしっかり掴まってろ。出来るな?」
優しく声をかけてやると、カトルも何とか笑みを浮かべて頷いた。
デュオは離さないようにカトルの体を抱いて、無重力空間を泳いで通路へと上がっていった。
ヒイロたちも心配したのか、通路までやって来てカトルの顔を覗き込む。
「…熱があるみてぇなんだ。すぐに医務室に連れていかねぇと……でも、何でこんなになっちまったんだ。疲労が溜まってるのは俺たちだって同じはずだ…何でカトルはこんな……」
「………恐らく、ゼロシステムのせいだろうな」
「…………ゼロ、システム…だって?」
ヒイロの言葉にデュオは目を見張る。
まさか、カトルはあの忌まわしいシステムを使って戦ってたというのか。
『ゼロシステム』
戦闘をする際に確実な勝利を求めるために作られたシステムだ。
そのシステムの支配下に置かれると、パイロットは自分の意思や倫理に反する行為も平然と選択するようになってしまう。
勝つために死が必要なら、その死すら厭わず戦い続けるという恐ろしいシステムなのだ。
故に、強靭な精神力を持つ者でないかぎり、過度の負荷がかかり精神崩壊などを引き起こす。
そのせいで、カトルが以前に辛く苦しい思いをしたことを、デュオは知っていた。
そんなシステムを、カトルが……この優しいカトルが、こんなになるまで。
そう思うだけで、デュオの胸には言いようのない怒りが込み上げてくる。
そして、その怒りはカトルがこうなってしまった原因をいとも平然に言ったヒイロへと向けられた。
「ヒイロ、お前……このシステムがどんなもんか知っててカトルに使わせたのか!?」
ヒイロの胸倉を掴んでデュオは詰め寄る。
だが、ヒイロは何も言わない、いつものように冷ややかにデュオを見つめるだけだ。
それが更に、デュオの怒りを刺激した。
「おい、何とか言えっつんだよ!ヒイロ、お前はカトルが死んでもいいっていうのか!?」
「デュオ、少しは落ち着け。今すべきことは言い争いではない。カトルの治療が最優先だ、そうだろう?」
見兼ねたトロワが宥めるようにデュオの肩を押さえた。
そして、デュオの腕の中で力無くして意識を朦朧とさせているカトルの体を半ば無理矢理に奪い取ると、医務室に向かって通路を歩き始めた。
「カトルは、俺が連れていく。デュオ、お前の怒りも分かるが、少しは冷静になれ」
そう言って、トロワはカトルを抱いて整備場から去っていった。
残されたデュオは、黙ったままのヒイロを怒りに満ちた目で睨み付ける。
重い空気が流れる中、五飛は静観するようにデュオとヒイロの様子を眺めていた。
「ちょっと面貸せよ。お前には聞きたいことも言いたいことも腐るほどある」
ヒイロの胸倉を掴んだまま、デュオは低く低く怒りが滲んだ声音で言った。
それでも、やはりヒイロは何も答えず胸倉を掴むデュオの手を掴んで無理矢理に引き離した。
「おい、待てよ!逃げるってのかよ!ヒイロ!……ちくしょう…!」
何も言わずに行ってしまったヒイロの背中に、デュオは怒声を浴びせた。
苛立ちを隠せないデュオは舌打ちをして、行き場のない怒りを拳に込めて壁を叩く。
「………貴様は、何も分かっていないんだな」
今まで黙っていた五飛から言われた台詞に、デュオはまた目を見張った。
何も分かっていない?分かっていないのはどっちだ、あんな優しいカトルにゼロシステムを使わせるなんてどうかしている。
その怒りで頭が埋め尽くされているデュオは、鋭い目を五飛に向ける。
「何が、分かっていないって…?」
「……それが分からないようなら、貴様に戦士である資格はない」
それだけ言い残して、五飛も整備場から去っていってしまった。