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目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる

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「生徒会長。いや、阿門。陽光のもとでも、月光のもとでも、世界ってゆーのは、まったいらで理路整然、手の届くとこに果てがあるように見えるかもしんない。けど――」
 緋勇は右手を上げた。小指から順番に握りこみ、最後に軽く親指を重ねる。
「黄昏時に見回してみ? 案外、ずさんなものだから」
 構えは素人だった。ちょっと気の利いたチンピラでも、もう少し効率のいい構えを心得ているだろう。
 右手が空を切る。阿門にしてみれば、左から右。目の前だ。
 当てる気はなかったのだろう。間合いもつめていない。拳との距離は、二十センチ以上あった。
 だが、阿門は一歩引いていた。
 焔。
 目の前を、拳がまとった焔の尾が通り過ぎる。
 一拍遅れて、熱波が彼の顔の皮膚を刺激した。
 緋勇の笑みが深くなる。
「――」
 ひらひらと振られているてのひらには、やけどどころか、傷一つない。
「案外、いるんすよ、世の中」
 登場時と同じように、彼は何度かてのひらを握ったり開いたりした。そして、くるりと宿舎方面に向きを変える。
「……待て!」
「早く寝なさい。千貫さんが心配するよ。それに――」
 足を止め、阿門を見る。
「いっしょうけんめい、夜中においたをしようとする悪い子の番をするんでしょ?」
 口調は、まるで揶揄するかのようなものだった。
 だが。
 目を細め、阿門を見ている。先ほどの、少し哀しげな表情を浮かべ(かおをし)ていた。
 あれは、何だ?
「……っ!」
 きつい目で、阿門は緋勇を睨んだ。いつもの、見下ろすような態度ではなかった。
「――墓には、近づくな転校生」
 搾り出すような声色だった。おびえすら含んでいるように見えた。
 ひらりと手が振られた、
 ほんの一瞬、先ほど顔前を横切った焔の残滓を感じ、身体が緊張する。
 転校生は、立ち去っていった。
 白い光の中、ゆっくりとした足取りだった。
 途中で消えることはなく、ごく当たり前に闇にのみこまれていく。
「――転校生――」
 姿が消えてから、阿門は緋勇の表情のもととなる感情に思い至った。
 多分あれは。
 あれは、憐憫。
 憐憫ではなかったか?
 気づいた瞬間、目を見開く。
 奥歯をぎりと鳴らし、緋勇の立ち去った方角を睨みつけた。

fin.