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サイケデリックドリームス

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「ん、…」

僕が目を覚ました時、部屋の中は既に真っ暗だった。
帰ってきて、そのまま倒れるように眠ってしまった僕の上には真っ白なコートが掛けられていて、暗闇の中上方へ手を伸ばすとこれまた暖かい体温に触れる事が出来た。

「あぁ、起きたんだね帝人君」

「……僕、どれくらい寝てました?」

「そこまで長くも無いかなぁ、今7時過ぎたとこ」

どうやら僕はサイケさんの膝枕で眠っていたらしい。
畳にそのまま横になった時よりは身体が軋まないものの、まさか彼はずっとこの体勢で僕が起きるのを待っていたのだろうか。

「あ…、足、痺れてません? すみませんでした長い間…」

「いいのいいの、俺がしてあげたかったんだし。あ、電気点けるねー」

身体を起こしぼんやりしていたら唐突に明るくなる視界。
今まで眠っていた僕にとってそれは眩し過ぎるくらいで、思わず目を瞑ってしまう。
それでも光に徐々に慣れてくる頃には、先程までの睡魔が嘘のように僕の中から消え去っていた。

(……もしかして、酷くなってるのかな)

今までは睡魔でぐらりと視界が揺れる事はあったけれど、今日みたいに倒れ込む事は無かったのだ。

(まさか、このまま酷くなったら眠ったまま起きられなくなるなんて事は…無い、よね……)

多少の不安はあったものの、少しだけ、ほんの少しだけそれでもいいのかもしれないなんて思ってしまっている僕が居た。
だって夢の中であれば、僕を傷付けるものは何も無いのだから。

(…まぁ、考え過ぎだろうけどね)

きっとなるようになるんだろう、なんて楽天的な事を考えながら、ぐぅと鳴ったお腹に取り敢えず晩ご飯にしようと意識をそちらに切り替える事にした。



そんな訳で、今日の晩ご飯は備蓄してあったカップラーメン。
お湯を沸かして3分、いつも思うけれど、なんてお手軽なんだろうとしみじみ思う。

「……帝人君、ちゃんとご飯食べないと身体に悪いよ」

「貧乏学生にあんまりちゃんとした食事を求めないで下さいよ…、食べてるだけ、マシです」

サイケさんは食事を必要としない。
それでも僕が彼と一緒に食事を疎かにするのはどうも気に食わないらしく、むぅっと膨れた顔で僕の手の中のラーメンを眺めている。

「でもカップラーメンとかさ、そんなのよりもっと栄養のあるもの食べようよ、ね。ね!」

「そう言われましても……」

人間やっぱり手軽さには勝てないものだ。
カップラーメンだってパソコンを弄りながら食事が出来る優れものなのだと一人納得しながら、そう言えば最近いつも通っているチャットにも顔を出していない事に気が付いた。
家に帰ればサイケさんが居て、彼と喋ったり戯れたりしていたから自然とパソコンに触れる時間が少なくなっていたのだ。
ダラーズの掲示板や生活費稼ぎのネットビジネスに関しては携帯で管理していたものの、チャットの方にまでは手が回らなかった。

(それに、チャットには甘楽さんが居るし……行きづらいんだよね…)

それでも思い出してしまうと少し気になってしまうのは確か。
勿論甘楽さんとはあまり出会いたくないがそれ以外のメンバーだって居る、あまり長い間顔を出さないのも、やはりどうかと思う。
ちょっと覗くだけなら、と僕は食べかけのカップラーメンを一度テーブルに置いて、パソコンに手を伸ばした。
いや、伸ばそうとした。

「……サイケさん?」

パソコンに届く前にその手は彼の手によって掴まれていて、空中で静止。
不思議に思ってサイケさんの方を振り向いたら、彼は怒っているような、でもそうでないような、なんとも複雑な表情でこちらを凝視しているではないか。

「…あの、ちょっとだけパソコンを立ち上げたいんですけど…」

彼が何の為に僕の手を止めたのかが分からなくて、取り敢えず僕の目的を伝えてみる。
けれども彼の表情は変わらないまま。

「……いいじゃん、俺が居るんだしそんなのしなくても」

「でも流石に何日も触らないでいると落ち着かなくて…」

「帝人君は…っ、俺にだけ構ってればいいんだよ…!」

「っ!」

いつもいつも笑顔を絶やさずに居たサイケさんの、初めて聞くかもしれない感情の奔流。
驚いている間に僕の身体はすっぽりと彼の腕に包まれていて。抱き締められている事に気が付いた。
それはいつものようにじゃれ合うようなものでは無く、僕を離すまいとする力強さが込められていて少し苦しかった。
何だか身じろいではいけない気になって、僕の身体はそのままの体勢で固まってしまう。

「サイケ…さん…」

「俺はっ、俺は本当は……」

何かを言いかけたサイケさんの言葉を遮るように、僕の携帯電話の着信音が部屋の中に鳴り響いた。
思わずびくりと反応してしまったのは、それが本来は二度と聞けるはずが無いと思っていた着信音だったからだ。

(臨也さん専用の着信音……)

僕が出ようか出まいか戸惑っていると、サイケさんが僕の身体を解放する。
彼はこれが臨也さんからの着信だと知っているのだろうか。
それともただ、僕が電話に出やすいように腕を離してくれただけなのだろうか。
サイケさんの表情は相変わらず複雑なままで、僕にはその真意を読み取る事が出来ない。

しつこく鳴り続ける音。

(……今更、何の用だろ)

臨也さんの僕に対する観察は終わったはずだ。
もしかしたらサイケさんの事が耳に入って、今度はそれに興味を持ったとか?
結局考えたところで分からない、彼の考えなど僕に分かるはずが無かった。
だから恐る恐る携帯に手を伸ばした僕は、若干の震えを抑えながらついに通話ボタンを押したのだ。

「…………、はい」

『あぁやっと出たね、遅いよ帝人君』

「す、すみません…」

久し振りに聞いた彼の声はやっぱりサイケさんと同質のそれで、しかしそこには無邪気さの欠片も無い。
人の様子を窺って楽しむような、嘲笑うかのような、そんないつもの臨也さんの声音だ。

『もしかして俺からの電話に戸惑っちゃった? ハハ、最近チャットにも顔出してないし君ってば俺の事意識し過ぎだよねぇ』

「はぁ……」

そしてその声音には、僕が感じているような戸惑いや不安は微塵も感じられなかった。
やっぱり臨也さんの中での僕の存在はそんなものだったという事なのだろう、僕は今でもその声を聞くと心臓が苦しくなるというのに。こんなの、ずるい。

「そんな事を言う為に、僕に電話したんですか」

一刻も早く電話を切ってしまいたかった。
でも指が震えて上手く切話ボタンを探れない。

『いやね、経過観察って言うの? 俺に酷い仕打ちを受けた帝人君はそう言えば今どうしてるんだろうって、ちょっと面白そうだったから。現にホラ、電話口からでも君が動揺するのが手に取るように』

「少し黙れよ、お前」
 ―――ブツリ。

唐突に、僕の手から携帯が消えた。

消えたと思ったら臨也さんの言葉を遮るようにサイケさんは辛辣な言葉を吐いて、通話を一方的に切ってしまう。
そのまま電源さえも消されてしまった携帯電話は綺麗に部屋の片隅へと放り投げられて、僕はそれを唖然と見つめる事しか出来ずにいたのだった。

「…あ、」